SACRIFICE ― 血塗られた杖 1 ― 太陽が沈み、世界は薄暗くなっている。 広場で露店をしていた者は店仕舞いをし、人々は帰路についていた。 ここはルアス。 行商人や冒険者が集う街。 その活気さゆえに多くの人はルアスに定住する。 彼らもそんな一部だった。 「遅いね、あの2人。 どこまでデートしに行ってるのかな」 外からは柔らかな光が漏れて見える家の中で、赤い修道服を着た少女が一人愚痴る。 どことなく落ち着かない様子だ。 椅子に座りながら、机の上に肘をついて玄関を何度も見ていると、急に頭を軽く殴られた。 「心配しなくても大丈夫だっての。 あいつらがそこら辺の雑魚にやられる程ヤワじゃねぇのは知ってるだろ」 「でも〜」 少女が涙目で振り返ると一人の男がいた。 年は20を過ぎた頃だろうか。 乱雑に切られた髪が青い盗賊服に影を落としている。 細長い身体が2つに折り曲げられ、精悍な顔が少女の顔に近づく。 「心配性」 「うぐっ・・・」 自分の短所をさくっと言われて胸を押さえた少女はユンレンという。 一見子供にすら思えるが、その小さな身体からは考えられない程の力を秘めている修道士だ。 これでも今年で成人する。 「ダウ〜、レガートが苛めるの〜」 ユンレンが助けを求めたのは、台所から出来上がったばかりの食事を運んできた一人の男性。 男というにはあまりにも整った顔立ちをしている。 少し長めの前髪から覗く瞳は常に穏やかだ。 優雅な物腰で料理をテーブルに置いてから、ダウはユンレンの頭を優しく撫でる。 「レガートも心配性なだけですよ」 「んなっ・・・!」 レガートと呼ばれた先程の盗賊は図星をさされて言葉を失う。 それをダウはニコニコと見ている。 明らかに確信犯だ。 「なーんだ、レガートも私と一緒だったんじゃん」 「誰がだよ。 だ・れ・が!」 「あたたたたたたた」 「お二人とも仲がいいですねぇ」 迫力のある笑みでレガートはユンレンの米神をぐりぐりとする。 これは意外と痛い。 ダウはとばっちりを受けないよう、 さり気に避難しながらその光景を場違いなほどほほえましく見ていた。 「何をしてるの・・・?」 「楽しそうだねー」 玄関にはいつの間にか彼らの待ち人達が疲れた顔で立っていた。 「結局今日も駄目だったわ。 成果と言えばアルファのレベルとスキルが上がったくらいね」 シャワーを浴びてきたフィーネにダウは料理を出す。 それを摘みながらフィーネは肩をすくめた。 フィーネはマイソシアでも3指に入るほどの聖職者だ。 かつてはルアス王宮の神官でもあったらしい。 今は仲間と共に民家で過ごす冒険者として暮らしている。 長いまっすぐの銀髪に、碧の瞳は鳥肌が立つほど美しい。 法衣に負けないほど白い肌は、いっそ病的なまでに思える。 フィーネの声にアルファが顔を上げた。 仲間内では1番レベルの低い戦士のアルファ。 けれど剣の腕は確かで、何よりも敵に臆さない勇気がある。 まだ幼い顔立ち、短く切った黒髪と同じ色の大きな瞳。 太陽が似合う明るい青年だ。 「おお、おめでと〜!」 「ありがとユンレン」 フィーネよりも先に身体を清めていたアルファが少し照れながらご飯を食べ続ける。 何しろ今日は早朝にパンを1枚かじっただけで、水すらもろくに摂取していなかったのだ。 けれど先程までいたサラセンダンジョンでは、 敵が沸きに沸いてた為、とてもじゃないが休憩などできなかった。 「簡単に見つかるなんて思って無いけど、ここまできたら流石に疑いたくなるわ」 珍しくフィーネはため息をついた。 それもそのはず、ここ1週間狩り続けて、 有力な手がかりがこれっぽっちも見つかっていなければ、ため息の1つや2つもつきたくなる。 「次行く時は手伝うか? 来週辺りからなら暇だし」 「そうね、お願い」 すでに食べ終わったレガートがコーヒーを飲みながら言った。 その言葉にデザートを食べていたユンレンの手が止まる。 「今週はまだ何かあるの?」 「ギルドで調べなきゃなんねぇのがあってな。 明日から2、3日留守にするわ」 「ふーん、そっか・・・」 レガートはにやりと笑うと、 少しだけ元気の色を無くしたユンレンの肩に馴れ馴れしく手を回して抱き寄せた。 「そうかそうか。 俺がいなくなるのがそんなに寂しいか」 「だ、誰もそんな事言ってないでしょ!」 ユンレンはレガートの腕を取って思い切りひねる。 椅子に座ったまま背負い投げの要領でレガートを床に叩き付けた。 あまりの痛さにレガートはのた打ち回る。 その光景に張り詰めていたフィーネの空気が和らいでいった。 「本当に仲がいいわね、あの2人は」 「見てて飽きないですよ」 家に帰ってきてから初めて見せたフィーネの笑顔に、アルファは口元が緩んだのが分かった。 それにめざとく気づいたダウが意味深な目で見てきたので、慌てて食事に集中するアルファだった。