龍殺しの少女 第七章


 戻った大空洞は、酷いありさまだった。

 ほんの十分ほどの間に、壁は崩れ、地面はえぐれていた。

 デスペラードワードの体が横たわり、おびただしい血が流れていた。

 予想通り、ハイランダーが勝ったようだ。

 そのハイランダーも無傷ではない。

 致命傷となるような傷は無いが、明らかに弱っていた。

 ハイランダーが、デスペラードワードに噛り付いた。

 肉を食い、体力を回復するつもりなのか。

 ハイランダーの傷が回復する前に決めなければ。

「マリア、火を」

「はい」

 マリアが壁にかけられていた松明をはずし、目の前に掲げた。

 アタシは、爆弾の導火線に火をつける。

「よーし、やってやるわっ」

 思いっきり、爆弾をハイランダーに向かって投げつけた。

 狙いはバッチリ。

 ハイランダーの鼻先で、爆弾は弾けた。

 ハイランダーが体を大きくのけぞらせる。

 大空洞全体を震わすほどの爆音に耳が痛くなる。

 爆音は、ハイランダーの悲鳴すらも打ち消していた。

「すごい威力」

 砂煙が辺り一面に舞い上がり、ハイランダーの姿を覆い隠す。

 これなら、アタシの姿を見つけられる心配もないだろう。

 アタシはダガーを構え飛び出した。

 狙うは心臓ただ一つ。

 砂煙のおかげで、混乱するハイランダーの懐に、アタシは容易に飛び込むことが出来た。

 ハイランダーの腹部に、激しく脈打つ部分が見えた。

「ここね! はぁああああっ!」

 アタシは気合と共に、大地を蹴り、ハイランダーの胸にダガーをつき立てた。

 鱗とは違い、やすやすとダガーは突き刺さった。

 しかしこの感触は。

「浅いっ!?」

 ダガーが短すぎて心臓にまで届いていない。

「くそっ」

 アタシは突き刺したダガーを、真下に全力で引き下ろした。

 すぐさま、十字を斬るようにして、真横にも傷を作る。

 傷口からドロリとした血が流れ出した。

 それと共に、強烈な熱気がアタシを襲う。

「何よ、これはっ」

 外気に晒されたハイランダーの血が、ぼこぼこと噴き上がる。

 ハイランダーの血は、溶岩のように熱く、触れるもの全てを燃やし尽くすほど高温だった。

 激痛からかハイランダーが泣き叫ぶ。

 体をよじり、激しくゆする。

 十字傷の奥に、赤く脈打つ物体を見つけた。

 あれがハイランダーの心臓。

 すぐ手の届く場所にある。

 一突きすれば終わる。

 けれど、そのためには、超高温の血の中に腕を突っ込まなければならない。

 そうすれば、腕は使い物にならなくなるかもしれない。

「ふっ」

 ここまで来て、何を迷うことがあるのだろう。

 アタシは、左手で傷口を大きく広げ、心臓めがけダガーを突き刺した。

「ぐぁあああっ!」

 ハイランダーの悲鳴に、アタシの声が重なる。

 腕が燃えるように熱い、いや、燃えるようにどころではない。

 焦げている。

 肉がどんどん焼かれていく。

 左手も手の平が容赦なく焼かれていく。

 右手は、ダガーを握っているのかすらわからなくなっていた。

 それでも引き抜こうとは思わない。

 ハイランダーを仕留めるまでは。

 しかし、確実に心臓に突き刺さっているのに、鼓動は止まらず伝わってくる。

 まだ止まらないの!? 

 早く止まれ、止まれっ、止まれーーーっ!!

 噴出した血が顔に飛び散り、皮膚を焼く。

 服がとうとう燃え出した。

 右手はもはや絶望的だ。

 気が遠くなりそうになる。

 だが、ここで意識を失うわけにはいかない。

「くそ――――。さっさと止まれ――――――――――っ!!」

 アタシは最後の力を振り絞り、思いっきりえぐりこんだ。

 ハイランダーが絶叫する。

 心臓の動きが少しづつ弱くなる。

 それに同調するかのように、血の温度が下がっていくのがわかった。

 ハイランダーの体から力が抜け、ゆっくりと巨体が崩れ落ち始めた。

 心臓が、完全に止まった。

 アタシは巨体に押しつぶされまいと、右腕を引き抜き、ハイランダーの体を蹴って脱出した。

 すぐさま地面を転がり、服についた炎を消す。

「くあぁあああーっ!!」

 右腕の痛みに悲鳴をあげた。

 右腕の肉が溶け落ちていく。

 必死にハイランダーの血を拭き取るが、業火の中に腕を入れている感覚が消え去らない。

「くぅううううっ!!」

 右腕の感覚がほとんどなくなってきていた。

 握っていたはずのダガーは無かった。

 どうやらハイランダーの心臓に刺さったままのようだ。

 それすらもわからないほどに、アタシの右腕は自分のものではないようだった。

 痛みだけが唯一残された感覚だった。

 指は微かに動くが、右腕はもう使い物にならないかもしれないと思った。

 ここまで酷くやられては、マリアに回復魔法をかけてもらっても無駄だろう。

「マリーっ!!」

 激痛でかすむ視界にマリアが見えた。

 涙を浮かべ必死に走ってくる。

 何を泣いているのよ。

 マリアの望み通り、ネクロの儀式を止め、龍を倒したっていうのに。

「マリーっ、今治しますからっ」

 マリアに抱きかかえられると同時に、体を柔らかな光が包み込んだ。

 マリアの回復魔法、心地よい光の波動。

 体の痛みが和らいでいくのがわかる。

 しかし、アタシの右腕は・・・・・・。

「どうしてっ、どうして治らないんですかっ」

 何度回復魔法をかけられようと、アタシの右腕は一向に回復の兆しを見せなかった。

「マリア、いいのよ。覚悟してやったことだから」

 右腕はピクリとも動かなくなっていたけれど、痛みがなくなるだけでありがたかった。

「ダメです。絶対に治します。どんなことをしてでも。

そうしないと私は、マリーに合わせる顔がなくなってしまいます。

私の代わりに戦ってくれたのに、傷を治すこともできないなんてっ」

 マリアは首を激しく振り、アタシの言葉を聞かず、マナがつきるまで回復魔法を唱えつづけた。

「どうして・・・・・・」

 アタシは右腕に布を巻きつけ、傷を覆い隠した。

 アタシの胸に顔をうずめ静かに泣くマリアの頭を、まだ無事なほうの左腕で優しく抱きしめた。

 これが見えている限り、マリアはいつまでも自責の念にかられてしまうだろう。

「マリア、帰りましょ。あなたも神殿に報告したりしないといけないでしょ?

ここにいても、もうどうしようもないわ」

 もうこの空間で動くものは、アタシ達二人だけだった。

 二匹の龍には、少し申し訳なかったかなとも思う。

 ディグバンガーの奥地で静かに暮らしていたのに、

 ネクロの邪な野望のためにこんなところに呼び出されてしまって。

 けれど、見逃すことはできなかった。

 あのまま街に解き放たれていたら、きっと大勢の人が殺されていただろうから。

「ん?」

 アタシは、ハイランダーの体の中に光るものを見つけた。

 なんだろうあれは。

「マリア、ちょっといい?」

 アタシは立ち上がろうと体を起こした。

「あ・・・・・・、帰るんでしたね・・・・・・」

 マリアの目は真っ赤に腫れていた。

「うん、帰ろう。でもちょっとだけ気になるものがあって」

「?」

 マリアがアタシの体を離すのを確認してから、ハイランダーの体に近づいた。

 傷のある胸の辺りから、緑色の光を放っている。

「触っても平気かな」

 左手で、ハイランダーの体に触れる。

 体はすっかり冷たくなっていて、

 血も溶岩だったように熱かったのが嘘のように冷えて固まってきていた。

 それを確認してから、左腕を挿し込みダガーを心臓から引き抜くと、その奥に見える光るものを掴んだ。

 それは、今まで見たどんな宝石よりも、澄んだ緑の輝きをしたヒスイだった。

「これが、今回唯一の戦利品ってか」

 アタシはポケットに、それを大事にしまいこんだ。

「さぁ、帰りましょっ」

 アタシはなるべく明るく言って、マリアを振り返った。

「はい・・・・・・」

 マリアはまだ吹っ切れていないようだった。

 まぁしかたないか。

「それじゃアタシは、ル―――」

「マリー私と一緒にミルレスに来てください」

 ルアスに飛ぶからと言おうとして、マリアに遮られた。

「ミルレスに?」

「はい。そこには、私の師にあたる神官ルナ様がいるんです。

私の力ではその傷を治すことができません。

けれど、そのルナ様なら治すことができるかもしれません。

お願い します。一緒に来てください」

 すがるように、マリアは言った。

「ふぅー、わかったわ。マリアのしたいようにさせてあげる。アタシも治ってくれた方がいいしね」

「はいっ」

 マリアに、少しだけ笑顔が戻った。

「でもアタシ、ミルレスゲート持ってないけど」

「大丈夫です。私が持っていますから」

「そっか、それじゃ行きましょうか」

「はい」

 ゲートが作り出す魔方陣の光に包まれながら、

 アタシは二匹の龍へ、安らかな眠りについてくれるよう祈った。


「うぅむ、これは酷い。ハイランダーの血に焼かれたですって!? しかも倒してくるとは」

 マリアと共に訪れたミルレスの神官ルナは、目を大きく見開いて唸った。

「よくもまぁ、龍を倒すことが出来たものです。

あなた方には龍殺し・ドラゴンキラーの称号が送られることでしょう」

「まぁそんな称号はどっちでもいいんだけど、治りそうかなぁ」

「そうですねぇ」

 神官ルナはそっとアタシの右腕に触れると、回復魔法を唱えて見せた。

 しかし、アタシの右腕に変化はない。やはり、ダメなようだ。

「これは、組織が完全に死んでしまっていますね」

「そっか」

 アタシは立ち上がり、その場を後にしようとした。

「お待ちなさいな。治らないとはいってませんよ」

「え?」

「失われた組織を補った後ならば、回復魔法も効くようになるでしょう。少し待っていなさい」

 神官ルナはそう言うと、アタシ達を置いて何処かへ行ってしまった。

「よかった、治りそうなんですね」

 マリアが微笑んで、アタシの左手を握った。

「そう、みたいなのかな?」

 よくわからないけど、治ってくれるならなんでもいいや。

 マリアと話していると、神官ルナは黒服の魔女を連れて、すぐに戻ってきた。

「おまたせしました。アルケミーこちらがそうです」

 アルケミーと呼ばれた黒服の魔女が、アタシの腕をマジマジと見つめる。

「ふーん、こりゃひどくやられたもんだねぇ。

でも安心おし、アタシが作った秘薬を持ってすれば、失われた組織を補うことなんてわけないさ」

「ほんとうですか」

「あぁ。さぁ、腕を水平に突き出しな」

 アタシは言われたとおり腕を突き出そうとしたが、うまく動かなかった。

 それを見ると、すぐさまマリアがあたしの右腕を支えてくれた。

 アルケミーはどこからともなく、小さな薬壷のようなものを取り出し、

 中に入っていたゲル状の液体をアタシの右腕に塗っていった。

 アタシは黙ってそれを見ていた。

「これを塗っておけば、二、三週間ほどでアンタの肉体と融合して、元通り綺麗な腕になるはずさ」

 全体に塗りこめると、薬草のエキスを染み込ませたという布で、右腕をぐるぐる巻きにされた。

 ついでに左手と、顔の傷にも塗ってもららう。

「あとは毎日リカバリーでも唱えてもらって、肉体との定着率をあげるんだね」

「それは私がやりますっ」

 マリアが勢い勇んで言った。

「さぁ最後の仕上げだよ」

 そう言うと、アルケミーは右手を高々と上げた。

 アルケミーの右手から、バチバチと青白い光が立ち上る。

「あ、あの、それは?」

 アタシは不安になって尋ねた。

 まさかあれをアタシに?

「ふっ。肉体と薬に電気を通して活性化させてやると、効果がより一層発揮されるのさ」

 アルケミーは不敵に笑うと、容赦なくアタシに電撃を叩き込んだ。

「ぐあぁぁぁぁぁ・・・・・・」

 強烈な電撃を食らい、アタシの意識は闇に落ちていった。

 デスペラードワードのイカヅチを食らっても、意識を失うことがなかった・・・・・・のに・・・・・・ガクッ。