龍殺しの少女 第五章


「しっかりしてください」

 不意に、誰かに抱きしめられた。

 マリアだった。

「龍の咆哮には、人の心を恐怖に陥れる効果があると聞いています。

マリーは今それにかかっているだけです。落ち着いて下さい。

今、あなたの心に平穏を戻して見せましょう」

 "プレイドーン"

 優しい光に包まれた。

「あっ」

 恐怖が少しづつ薄らいでいく。

 マリアの体温と鼓動が伝わってくる。

 心地いい。

「どう・・・・・・ですか?」

「うん、ありがとう。大丈夫みたい」

 アタシは、マリアから離れた。

「かっこ悪いところ見せたわね」

 非常に恥ずかしい。

 あんな情けない姿をさらしてしまうなんて。

 マリアの顔をまともに見れないじゃないか。

「龍の咆哮を聞いたのですから、しかたありません」

「それにしては、マリアは平気みたいだけど?」

「私には、神のご加護がありますから」

「ちぇっ。まぁいいわ。とりあえず隠れましょ」

 アタシは舌打ちをしながら、マリアの手を取り、近くの岩の陰に身を隠した。

「どうする? 龍なんて手におえる相手じゃないわよ。しかも二匹も」

「でも、ここで食い止めないと、街へ襲い掛かっていくに違いありません」

「それはそうだけど」

 岩から少し顔を出し、二匹の龍の様子を見る。

 赤き龍ハイランダーは地べたに座り込み、眠りに入ろうとしているようだった。

 青き龍デスペラードワードは、歩き回り獲物 ? を探していた。

 こちらに気がついてないのが幸いだった。

 その姿を見ているだけで、足が震えてきそうになる。

「マリー、またネクロ達がでてきましたっ」

「うそっ」

 マリアに促されるままにそちらをみると、ネクロ達が再び横穴から這い出してきていた。

 しかも、裸にされた少女を何人も連れていた。

「あいつら、・・・・・・ま、まさか」
 嫌な予感は的中した。

 激しく抵抗し、悲鳴をあげる少女達を、ネクロは容赦なく二匹の龍の目の前に押し出した。

 デスペラードワードが目を細め、獲物に狙いを定めると少女達に襲い掛かった。

 デスペラードワードの眼前に光球が出現したかと思うと、

 光球が弾け、強力なイカヅチが少女たちに降り注いだ。

 きゃぁあああああああああーーーーーーー!!

 少女達の、悲痛な叫びがこだまする。

 後ろに控えていたネクロ達が、イカヅチの余波を食らって消滅していく。

 動かなくなった少女達を、デスペラードワードは容赦なく食らった。

 アタシは壁に握りこぶしを叩きつけた。

「くっそー、わかったわよ。やってやるわ。やってやるわよっ」

 アタシは覚悟を決めた。

「アタシだってあいつらを放っておいていいなんて思ってないわよっ。

ここで倒さなきゃ、街が、アタシの大切な場所も、人も壊されてしまう」

 アタシは、自分を奮い立たせるために叫んだ。

 目の前で同年代の少女たちが殺されたというのに、逃げることなんてできるわけがない。

 それに、今ならハイランダーは眠りについているから、デスペラードワードと一対一で戦える。

 格好なんて気にしてられない。

 奇襲攻撃で一気に倒してみせる。

「行くわっ。マリアはここに隠れてて」

 "インビジブル" "ブリズウィック"

「まっ、マリー」

 マリアの声を背に、アタシは飛び出した。

 姿が消えているから、デスペラードワードは当然こちらに気が付いていない。

 アタシは素早くデスペラードワードの背後に回りこむと、背中を駆け上がった。

「はぁぁっ!!」

 気合とともに、背を蹴りジャンプする。

 下降する勢いそのままに、デスペラードワードの頭部めがけ、ダガーを振り下ろす。

 この一撃で決めてみせるっ!

 ダガーは、完全にデスペラードワードの頭部を捕らえていた。

 完璧だったはずなのに。

 ダガーがデスペラードワードの皮膚に触れた瞬間、金属同士がぶつかり合うような硬質の音が響いた。

 手が痺れ、ダガーを落としそうになる。

「くぅぅ」

 失敗だった。

 デスペラードワードの鱗は予想以上に固く、アタシの力では微かに傷をつけることしか出来なかった。

 地面に降り立ち、デスペラードワードを見上げると、目が合ってしまった。

 インビジブルが解けてしまっていた。

 デスペラードワードが、ゆっくりと鋭い鍵爪を振り上げるのが見えた。

 ヤバイ!

 頭で考えるより先に体が動いた。

 わずかに体をよじる。

 頬のすぐ横で、鍵爪が空間を切裂いていた。

 間一髪だった。

 あんなのをまともに食らったら、頭が吹き飛んでしまう。

 嫌な汗が噴出した。

 どうする、どうすればいい!

 必死に考えを巡らせる間にも、デスペラードワードは次の一撃を放とうとする。

 足を止めているのはマズイ。

 アタシはデスペラードワードの死角へ回り込むため、走り出した。

 背後からは無理だというのはわかった。

 あの鱗は固すぎる。

 けど、正面の腹ならいけるかもしれない。

 でも、容易に懐に入り込むことはできそうにない。

 まず目を潰せば何とかいけるか?

 迷っている暇はない。

 尾撃をかわし、再び背を駆け上がる。

 しかし、デスペラードワードは二度の背後からの攻撃を許さなかった。

 デスペラードワードが振り返り、あたしに向かって牙をむく。

 目の前に小さな光球が浮かんだ。

「くっ」

 今更逃げることも出来ない。

 アタシは渾身の力で、デスペラードワードの右目に短剣を突き刺した。

 同時に光球が弾け、イカヅチの嵐が降り注いだ。

「あぁぁぁぁぁぁああ"ーーーーーーーーーーーっ!!」

 強烈なイカヅチをまともに食らい、全身の皮膚が裂ける。

 意識が遠くなる。

 やっぱり無理だった。

 ここで終わりなんだ。

 短剣を握る手が離れた。

 体が落下する。

「マリーっ!」

 あぁ、そういえばマリアがいたんだっけと思い出す。

 ネクロと戦っているときに偉そうに説教しちゃったけど、アタシも一人じゃ無理だったよ。

 ゴメンと、心の中で謝った。

「今助けます!」

 "リカバリー"

 マリアが叫び、回復魔法を唱えた。

 アタシの体を聖なる光が包み、傷がある程度塞ぎ、意識もはっきりした。

「ふぅっ」

 地面に叩きつけられる瞬間、なんとか体を捻り着地することができた。

 けど、立ち上がるだけの力がない。

 膝をついたまま、デスペラードワードを見上げた。

 アタシもあの少女たちと同じように、食われてしまうのか。

 圧倒的な力の差の前に、アタシは為す術もなかった。

 一撃食らわせただけで上等だ。

「マリー逃げてっ」

 そう言われても、もう力がでないのよ。

 口を開くことすらも出来ない。

 デスペラードワードが口を大きく開けた。

 ここまでね。

 せめて最後まで、目を逸らしはしない。

 そう思い、デスペラードワードを睨みつけた。

 その時だった。

 突然赤い何かが現れ、デスペラードワードに体当たりしたのは。

 デスペラードワードが激しく吹き飛ぶ。

 デスペラードワードに体当たりしたもの、それはハイランダーだった。

 見ればハイランダーの体には無数の傷がついていた。

 その目は怒りに狂い、真っ赤に燃えていた。

「先ほどのイカヅチが、ハイランダーも巻き込んでいたみたいです」

「あっ」

 マリアが何時の間にか傍まで来ていた。

 "リカバリー" "リカバリー"

 アタシの体を支え、回復魔法を唱えながらマリアが言った。

「今のうちに、この場を離れましょう」

 マリアが私の体を起こし、引きずっていこうとする。

 背後でデスペラードワードが体を起こし、ハイランダーに向かって攻撃を仕掛けていた。

 壮絶なる龍同士の戦いが始まっていた。

 アタシは何とか自分でも足を動かし、岩場の影まで行くと倒れこんだ。

 何度か回復魔法を受け、アタシは喋れるくらいまで回復していた。

「はぁっ、やっぱりきついわ。正直参ったわ」

 額に手をやり、アタシは呟いた。

 やはり龍は強かった。

 マリアはマナが尽きるまで回復魔法をかけ続けてくれた。

 おかげで傷はかなり癒えた。

「すみません。すみません」

「どうしたのよ?」

 何度も謝るマリアを見ると、泣いていた。

「私がマリーを巻き込んでしまったせいで、あなたの命を危険にさらしてしまいました。

本当は私がやらなくてはいけないことだったのに」

「ばかね。そんなこと気にしなくていいのよ。アタシが自分で決めたんだから。

それに、マリアは私のパートナーなんでしょ? マリアの目的はアタシの目的でもあるのよ。違う?」

「でも」

「でももくそもない。パートナーってそういうことなのよ。

それぞれに役割ってものがあって、アタシが敵と刃を交え、マリアがこうして回復する。

それでいいの。もし、戦いの中で死んだとしても、それはしょうがないこと。

覚悟はできているわ。だから泣き止みなさい」

 よくもまぁ、今までパーティなんて組んだことのないアタシが、こんなことスラスラ言えるもんだ。

 でも今は、マリアを安心させたかった。

 アタシは手を伸ばし、マリアの涙を拭った。

「マリー・・・・・・」

 マリアが、アタシの手を強く握った。

 アタシは再び決意する。

「あいつらは絶対にここで倒すわ。

倒せる可能性なんてほとんど無いかもしれないけど、何とか考えてみるわよ」

「はい」

「と言っても、どうしようかしらね」

 アタシは体を起こし、二匹の龍を見た。

 デスペラードワード、ハイランダー共に傷ついているが、

 片目が潰れている分デスペラードワードが押され気味か。

 激しい戦いだ。

 部屋全体が揺れている。

 相打ちになってくれるのが一番いいんだけど、

 ハイランダーの容赦ない攻撃に、デスペラードワードの傷が増える一方だ。

「どうあっても一匹だけは倒さないといけないようね。

懐に入り込んで、心臓を狙えるといいんだけど。背中の鱗は正直固すぎるわ」

「そうなんですか。でしたらまた目潰しを?」

「そうしたいんだけど、ダガーがあと一本しかないんだよね」

 アタシは腰に挿してある、予備のダガーを抜いて見せた。

「デスペラードワードに突き刺したときにわかったんだけど、

刃がめり込んだ瞬間に筋肉が収縮して、離してくれないだわ」

「目を潰せても、次の攻撃に移れないと」

「うん」

 この一本だけは失うわけにはいかない。

「私のハンマーでしたらお貸しできますが」

「うーん。正直ダガー以外、うまく扱える自信ないわ。

特に今回は一発で成功させないと、絶対返り討ちになるからね」

 デスペラードワードに与えた一撃すらも、ほとんど相打ちという形で成功したにすぎない。

 完全に成功するという保証が欲しい。

 できうるなら、直接ではなく、間接的に目くらましできるといい。

 通路でネクロがその身を呈してやったような、あの強烈なやつを。

「そうだ!」

 頭の中にある可能性が浮かんだ。

「どうしましたか」

「もしかしたら、うまくいくかもしれない。来て!」

 アタシはマリアの手を引き、というか肩を貸してもらいながら、

 この大空洞に入る前にいた部屋へ戻った。

 背後では、二匹の龍の魔法が炸裂し合い、

 勝どきの声なのか、それとも痛みの声なのか、空気を震わすほどの咆哮が鳴り響いていた。