龍殺しの少女 第二章


「うぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 アタシは大声で咆え壁を蹴り、ネクロ達の真中へ飛び出していった。

 ネクロ達の視線が少女から、全てアタシに向けられる。

「あぁああああ!!」

 着地する寸前、ダガーを振るい、ネクロ一体を切裂いた。

 切り口から黒い瘴気を放ち、

 そのネクロはボムっという音と共に、身に付けていたローブを残し消え去った。

 ネクロ達が意味不明な叫びをあげ、アタシを取り囲む。

 アタシはゆっくりと身を起こし、近くにいたネクロを睨むと斬りかかっていった。

 虚をつかれたネクロはろくに反応もできずに、瘴気を撒き散らして消えた。

 それを見たネクロ達が数歩後ずさる。

「逃がさないわよっ!!」

 雄叫びを上げながら、アタシはネクロ達を次から次へと倒していった。

 ネクロ達の攻撃を余裕でかわしながら、一体一体、確実に仕留めていく。

 なんで・・・・・・。

 順調にネクロ達を倒していくが、倒す数が増えるにつれて、あたしの心は荒れていく。

 なんで、こんなやつらを・・・・・・。

 ネクロ達の数はもう半分以下になっている。

 はっきりいってアタシの敵じゃない。

 なんで、こんなやつらごときを倒せないのよ!

 倒すことが出来ないのに、こんなところにいるのよ!!

 感情が爆発したときには、もう部屋の中にネクロの姿はなかった。

 地面には、おびただしいローブと杖が落ちているだけ。

 立っている者は、アタシと少女だけだった。

「すぅー、ふぅぅぅっ」

 ゆっくりと深呼吸をして、呼吸と感情を整える。

 少女はというと、呆然とそこに立っていた。

 アタシはダガーを腰に収め、少女に近づいていった。

 少女の目の前に立つ。

「あ・・・・・・」

「何やってるのよっ!!」

 少女が何か言うよりも早く、あたしの感情はまた爆発してしまった。

 アタシに怒鳴られ、少女はビクッと身を震わせた。

「あなた、聖職者でしょ! 一人? 何しに来たのよ! 仲間は? 

 無理だと思わなかったの? やばそうだったら、さっさと逃げなさいよ!」

 おびえる少女に向かって、一気にまくし立てる。

 少女は壁に身をもたれかけ、目を見開いてアタシを見ていたけれど、

 何かを覚悟するように、一度目を閉じた。

 次にゆっくりと目を開けたその瞳には、さっきまでの怯えた色は無く、穏やかな空気を漂わせていた。

「質問に答える前に、まずお礼を言わせて下さい」

「う、うん」

 落ち着いた声と綺麗な瞳に見つめられ、アタシは一瞬で毒気を抜かれてしまっていた。

「さきほどは危険なところを助けていただき、ありがとうございました」

 少女は深々と頭を下げた。

「私の名前はマリアといいます。ここへは神託を受け、一人できました」

「神託?」

「はい。ここの者達が、人々に大いなる災いをもたらすと啓示が下りました。

放っておけば、多くの人が血を流すことになると・・・・・・」

「それであなたが阻止しにきたと?」

「そうです」

 少女は、いやマリアは静に頷いた。

 聖職者は神に最も近しい存在で、

 中には神の言葉を聞くことができる者がいると聞いたことはあるけど、この子がそうとはね。

「まぁ、あなたが一人で戦っていた理由はわかったわ。だけど無理だってことわかったでしょ」

「・・・・・・」

 マリアは静かに目を伏せた。

「ここで助かったのは、奇跡みたいなものよ。いつも助けが来るとは限らないわ。

アタシが偶然来なかったら、後少し遅れていたらあなたはタダの肉片になっていた、そうでしょ?」

「はい・・・・・・」

「わかったのなら引き返しなさい。今ならモンスターもいないし、安全に逃げられるわ」

「・・・・・・それは、できません」

 静だけど、はっきりとした否定の言葉。

「何いってるのよっ!」

 マリアの聞き分けの無さに、アタシは再び感情を剥き出しにする。

「あなたは、今アタシに助けられた。その恩人の言葉が聞けないっていうのっ!」

 マリアの肩を掴み激しく揺さぶった。

「助けていただいたことは、感謝しています。でも、ここで戻るわけにはいかないんです。

一刻も早く止めないと大変なことになってしまうんです」

「あきれたわ。奥にはまだネクロ達が沢山いるはずよ。

頼りの杖は使い物にならないみたいだし、メイスじゃ倒しきれない。あなた確実に死ぬわよ」

「確かに死ぬかもしれません。でも、食い止めることができる可能性もゼロではありません」

「・・・・・・っ!」

 とっさに手を振り上げ、マリアに振り下ろした。

 部屋に、乾いた音がこだまする。

「あなたみたいなバカは、初めて見るわっ!」

 アタシはマリアを叩いた手を、固く握りしめた。

「すみません・・・・・・」

 この子はこんな状態だというのに、まだ行こうというのか。

 マリアはぶたれた頬を押さえようともせず、アタシの目を見つめた。

「聞いてください。可能性がゼロではないといったのは、嘘ではないんです。

確かに私一人の力では無理でしょう、でも・・・・・・」

「でも?」

「その・・・・・・」

 マリアはアタシを盗み見るようにして言った。

 ちょっとやな予感がした。

「協力してくれる人がいれば、可能だと思います」

「アタシに協力しろと?」

「お願いします!」

 マリアは深々と頭を下げた。

「私一人では無理だというのは、よくわかりました。でも、逃げるわけにはいかないんです。

 なんとしてでも止めないと、世界中の人々に災いが降り注いでしまうんです」

「そんなこといわれても、アタシにはそんなの関係ないし・・・・・・」

 街には騎士団だっているし、ちょっとやそっとのことではびくともしないはずだ。

「お願いします! 力を貸してください」

 マリアは必死だった。

 自分のことしか頭に無いアタシには、マリアの行動が不思議でならなかった。

 他人の為に、命をかけようとしているのだ。

 アタシが協力すればできる って? そりゃネクロくらいなら余裕だろうけど・・・・・・。

 ――― 仲間見つけられないうちは半人前だぞ ―――

 酒場の親父の言葉が、再び脳裏をかすめる。

 今、マリアと組めば酒場の親父は、アタシを一人前と認めるだろうか。

 マリアと共にネクロ教団の儀式を阻止すれば、もう半人前扱いしないかもしれない。

 だけど・・・・・・。

「無理よ・・・・・・。アタシはあなたが思ってるほど強くはないわ」

 アタシは何故か不安に襲われていた。

 不安? 何が?

 アタシは強い、ネクロなんか相手にならない。

 なのに・・・・・・。

「そんなことはありません。貴方の強さは先ほど見ました。もしお金が必要ならいくらでも出します」

「お金なんていらないわ」

「それじゃぁ」

「ダメよ! ダメなのよ」

「・・・・・・私がパートナーでは不安ですか?」

 アタシの気持ちが表情にでていたのだろう。

「え?」

「そうですよね、私なんかでは足手まといになってしまいますよね」

 マリアは悲しそうに微笑んだ。

「違うっ。アタシは・・・・・・アタシが不安なのは、もしあなたと組んだときに、うまく立ち回れるか。

そして、あなたを守れるかどうかなのよ!」

 ・・・・・・あぁ、そうか。

 何故不安だったのか理解できた。

 アタシは今まで誰かと組んだ事なんてない。

 だから、ここでマリアと組んだときに、彼女とうまく連携できるか。

 それが不安だったんだ。

 聖職者は、何にかえても守りきらないとダメないことくらい知っている。

 アタシには、それができないかもしれない。

 ははっ。確かに、こんなことで不安になってるようじゃ半人前だわ。

「大丈夫です」

 マリアがやさしく、アタシの手を包み込んだ。

「私、攻撃は苦手ですけど、守りや回復ははちょっと自信あるんです。

襲われても、しばらく持ちこたえることはできると思います」

「その間に助けろって?」

「そうです。でも、その、ちょっと頼りすぎちゃってる気もしまね」

 マリアは舌を少しだして、可愛らしく笑った。

 アタシはマリアを見つめた。

 アタシはマリアの期待に応えるとができるだろうか。

 迷うなアタシ! これはきっとチャンスなんだ。

 アタシがさらに強く、そして一人前になるための。

 アタシは覚悟を決めた。

「いいわ・・・・・・やってあげる。あなたはアタシのすぐ近くにいなさい。

アタシの近くにいる限り、あなたには指一本触れさせはしないわ」

 アタシはマリアに手を差し出した。

「はいっ。よろしくお願いします」

 マリアが力強く手を握り返してきた。

「それで、その。よろしければ貴方のお名前を、お聞かせください」

「あぁ」

アタシはそこで初めて、自分の名前を言ってないことに気が付いた。

「アタシの名前はマリーよ」

「マリーさんですか・・・・・・。なんか、私達の名前似てますね」

「ふふっ、そうね。それから、アタシのことは呼び捨てでいいよ」

「わかりました。私も呼び捨てで構いません」

「オーケー。それじゃぁマリア、お客さんがお待ちかねみたいだからい行きますか」

 アタシは部屋の奥へ続く通路を睨んだ。

 そこから複数の地を擦る足音と共に、新手のネクロ達が姿を現した。

「アタシについてきなさい」

 アタシはダガーを構え走り出す。

「はい!」

 少し遅れてマリアがついてきた。