龍殺しの少女 第一章


「あーもう、ムカツク!」

 最後の最後まで、一人じゃ無理だのなんだの、しつこいったらありゃしない。

 アタシは手近な物に、八つ当たりしながら準備を整えた。

「一人じゃ無理だなんて、絶対に言わせないんだから!」

 アタシはこれまで、一人で生きてきた。

 一人で生きるための強さを身に付けてきたのだ。

 それを否定なんてさせない。

「今回のクエストを成功させて、今度こそ親父が何もいえないようにしてやるんだから!」

 アタシは鼻息を荒くし拳を握り締め、天高く突き出しながら固く心に誓った。


 次の日の朝早くに、ブレンダフィストを着込み荷物を身に付け、

 アタシはサラセンダンジョンに向かって出発した。

 といっても、わざわざ歩いて行ったりはしない。

 サラセンダンジョンへ繋がるゲートを取り出し、ゲートの紐を解いていく。

 ゲートに書かれた文字が床にこぼれ落ち、アタシを中心に魔方陣を描いていく。

「さぁ、冒険の始まりよ」

 魔方陣がまばゆく光を放ち、全身を包む。

 一瞬視界がブラックアウトして、光が戻ったときにはもうサラセンダンジョンに到着していた。

「相変わらず便利なものね。これを開発した術者に感謝だわ」

 油断無くあたりを見回す。

 薄暗いダンジョンの入り口。

 そこにいるものは、アタシだけだった。

「さてと」

 いくらアタシが強いといっても、油断は禁物。

 頬を軽く叩き、気合をいれる。

 サラセンダンジョンには、凶暴なモンスターが多い。

 油断をすれば、怪我では済まなくなる。

 特に、今回はお宝を持って帰るために、余分な荷物は持ってこなかった。

 その中には盾も含まれているから、慎重に行かないといけない。

 とは言ったものの・・・・・・。

 アタシはニヤリと笑う。

 "インビジブル"

 アタシに宿るマナが作り出した、自然界ではありえないほどに濃く、緩やかな流れの風が体を包み込む。

 風が回りの景色に溶け込み、アタシの姿は他からは完全に見えなくなった。

 アタシにはこれがあるから、途中の道にモンスターがいたって関係ないんだよね。

 アタシは余裕の笑みを浮かべながら、ダンジョンの奥へと突入していった。


「変ね・・・・・・」

 ダンジョンに入ってすぐに、違和感を感じた。

 奥へ奥へと進むうちに、違和感の正体がわかった。

 インビジブルはもう効力をなくしている。

 アタシの姿は丸見えのはずなのに・・・・・・。

「モンスターが一匹もいない?」

 サラセンダンジョンに巣食う凶暴なモンスターの姿を、未だに一匹も姿を見ていない。

 おかしい、変だ・・・・・・。

 アタシは足を止め、気配を探ってみた。

 どこかに潜んで不意打ちを狙っているのなら、下品な殺気を感じることができるはず。

 岩陰に隠れていようとも、その息遣いは聞こえてくるはず。

 それなのに、物音も、気配も何もしない。

「なんなのよ、これ」

 アタシの洩らした小さな呟きが、静かなダンジョンによく響いた。

 どうやら、親父の情報は確かだったようだ。

 確かにここで、何かが行われようとしている。

 それを感じ取ったモンスターは、ここから逃げ出したのだ。

 その証拠に、地面をよく見れば、

 ダンジョンの入り口へ向かって、無数のモンスターの通った足跡が残っていた。

「まっ、余計な戦いをしないですむのは助かるけどね」

 危険な感じはする。

 でも、それはいつものこと。

 安全にお宝を頂戴できるとは思っていない。

 アタシは獣みたいにお利巧じゃないから、ヤバイ気がするってだけで逃げる気はない。

 自分の目で見て、それでもヤバそうだったら、そのとき逃げればいい。

 アタシはダンジョンの奥を睨み、走った。

 不気味なほど静まり返ったダンジョンに、アタシの足音だけが響き渡る。

 足音を消す必要も無い。

 姿を消す必要も無い。

 アタシはひたすら奥へと走った。

 ネクロ教団はダンジョンの奥深くを、活動の拠点としている。

「そして、ここがその入り口ってわけね。相変わらず趣味が悪いわ」

 足を止めたアタシの目の前に、ネクロをかたどった石像が二体並んでいた。

 前に来たときと何ら変わりなかった。

 ここからは、気を引き締めなおしていかなければならない 。

 いよいよ本番だ。

 アタシは忍び足で石像を潜り抜けると、すぐに壁を登った。

 壁の上にアタシがぎりぎり通れる通路があり、いつもここを利用しているのだ。

 ゆっくりと周りに気を配りながら進んで行く。

 が、いっこうに教団の者を発見することができない。

 信者も逃げた? そう思ってしまうほど、人の気配がない。

 しかし、ついさっきまで人がいたのは確かだ。

 粗末なテーブルの上に、煌々と輝くランプがのせられていることがその証拠。

「なーんかやな感じ」

 今回はどうも勝手が違う。

「んっ・・・・・・!」

 立ち止まっていると、奥のほうから微かに物音が聞こえた。

 音のした方に耳を澄ましながら、ゆっくりと歩を進める。

 徐々に、徐々に、音はよく聞こえるようになってくる。

 その物音は、激しいリズムを刻んでいた。

「誰かが戦っている!?」

 音は、もうはっきりと聞こえるようになっていた。

 くぐもった雄叫び、何かが壁に叩きつけられる音、熱気、魔法の光。

「チッ!」

 舌打ちをしながら歩く速度を速める。

 すでに先客がいたようだ。

 多少の物音はもう気にしなくていいだろう。

 教団の者たちは皆、侵入者を排除しようと必死で、こちらに気づく余裕などないだろう。

 一体どこのどいつが、アタシの獲物を横取りしようとしてるってのよ。

 喧騒が大きくなり、アタシは一旦岩陰に背をつけ身を隠す。

 戦いは、もう目と鼻の先で行われているようだ。

 アタシはゆっくりと岩陰から喧騒の方を覗き込んだ。

 大きく切り開かれた空間に、ネクロ達が大挙として押し寄せていた。

 不気味な唸り声を上げながら、皆一箇所に向いていた。

 その中心にいるものは。

「女!?」

 そこにいた先客は女性だった。

 それも、アタシとそう変わらない年頃に見える少女だった。

 少女は濃い赤色の法衣に身を包み、手にはスタッフを持ち、ネクロ相手に戦っていた。

 少女は聖職者のようだ。

「なんで聖職者が一人で戦ってるのよ!」

 聖職者は本来一人で戦うことは少ない。

 けれど、仲間がいるようにも見えない。

 ときおり少女の杖が光を放ち、ネクロが吹き飛んでいく。

 あれがプレイアってやつか。

 それなりに強いようだが、多勢に無勢。

 少女は徐々に追い詰められている。

 苦しげに息を吐き、ネクロ達を睨みつけ掛け声と共に向かっていく。

 一人倒し、二人倒したところまではよかったけれど、

 後ろから振り下ろされたネクロの杖を受け止めたところで、少女のスタッフは砕けた。

 少女は砕けたスタッフを投げ捨て、腰に挿してあったメイスを取りだし、また果敢に向かっていく。

 長い髪を振り乱し、矢次に攻撃を仕掛けていく。

 でも、先ほどのスタッフのときに使っていたプレイアの威力には到底及ばず、

 ネクロに致命傷をあたえることができないでいた。

 でも、先ほど使っていたスタッフの様な威力は無く、

 ネクロに致命傷をあたえることができないでいた。

 少しずつ、少女を包囲する輪が狭まっていく。

 少女が倒されるのは、最早時間の問題に見えた。

「何をやっているのよっ!」

 アタシは知らないうちに、固く握った拳を壁に打ち付けていた。

 アタシは少女に腹を立てていた。

 自信があるから、一人で来ているんじゃないの?

 酒場の親父の言葉が脳裏をよぎる。

 ――― 一人じゃ限界があるだろ ―――

 あなたみたいなのがいるから、あんなこといわれるのよ。

 ――― だから半人前だっていうだ ―――

 一人で戦うのなら、弱いところを見せないでよ。

 一人でだってちゃんとやれることを証明してみせてよ。

 お願いだから・・・・・・アタシの目の前で・・・・・・

 こんなやつらに倒されるところを見せないでよっ!!

 アタシはダガーを引き抜いた。