龍殺しの少女 序章


「その話は聞き飽きたわよ!!」

 アタシは、バンバンバンッ! とテーブルを強く叩きつけた。

 ショートボブの髪がそれに合わせ、微かに上下する。

 雑然とした酒場の中でも音は良く通ったみたいで、皆何事かと振り返った。

 しかし、アタシと酒場の親父がいつもの口論をしているのだと知ると、

 何事もなかったように会話や食事を続けた。

「あのなぁマリー、俺はお前のことを思って言ってやってるんだぞ」

 酒場の親父は、過去幾度も繰り返した不毛な言い争いを、またやろうとしていた。

 あぁ、マリーってのはアタシの名前ね。

「心配していただけるのは本当に嬉しいのですが、わたくし一人で何でもできますから、

パーティ組んだりギルドに入ったりする必要はございませんのっ!」

 ことさら丁寧で嫌みったらしく、お上品な言葉で親父の言葉を跳ね除ける。

 最後に頬に手を沿えて、おほほほっと笑うのも忘れない。

「お前さんが強いのは知っている。一人でどんな狩場にもいけるかもしれねぇ。

だけどな、絶対どこかで行き詰まるはずだ。そのときに助けてくれるのは仲間なんだぞ」

 どうやら、お嬢様作戦はまったく功を成さなかったようだ。

 親父はアタシの顔をみる度、心配という名の説教を聞かせてくる。

 ここにくるといっつもこうだ。

「もう耳タコなのよぉ。聞き飽きたわよぉ。私はそんな話じゃなくて、お宝の情報聞きにきてるのよぉ」

 テーブルの上に突っ伏す。

 トレジャーハントを生業としているアタシにとって、情報は新鮮かつ旨みのあるほどいい。

 ここの親父は残念なことに? アタシの望む情報をいつも仕入れてくる。

 だから小言がくるとわかっていても、ついつい来てしまうのだ。

 そして、少なからず後悔するのだ。

 来るたびに、やれ仲間を見つけろだの、聖職者を紹介してやろうかだの、

 あそこのギルドが募集かけてるから入ってみろだの、うるさいったらありゃしない。

 アタシは一人で、自由気ままに生きていきたいってのに・・・・・・

「仲間を見つけられないようでは、まだまだ半人前だぞ。

そんなやつに大事な情報を、おいそれと聞かせるわけにはいかねぇな」

 親父はいつもアタシを半人前扱いしてくる。

 それも気に入らない。

 「仲間を見つけろ」が口癖だ。

「うるさいわねぇ。今までアタシがヘマしたことがあった?

どんな危険なところからも生還して、お宝を持ってきたと思うけど?」

 顔を少しだけ持ち上げ、親父を睨む。

 正直なところ、アタシはトレジャーハンティングの腕も、

 冒険者としての戦闘能力も、このルアスでトップクラスだと自負している。

 半人前扱いされるのは心外だ。

「それはなぁ、俺が一人では無理だと思う情報を、お前に教えてなかったからだ」

「あーら、それは悪うございました。それじゃ、その一人じゃ無理そうなの教えてもらえるかしら。

見事にやってきてあげるわ」

 アタシの言葉を聞いて、親父は大きな溜息をついた。

「あのなぁマリー、俺はお前のことを思って言ってやってるんだぞ。一人じゃ限界があるだろ」

 いけないいけない、話がループしだした。

 情報を聞いてさっさとおさらばしないと、いつまでたっても終わりそうもない。

 アタシは上体を起こし、親父に向き直った。

 ウエストバックから五百万グロッド入った袋を取り出し、親父の前に投げつける。

「いつもの説教は終わりよ。その額に見合った情報を聞かせて頂戴」

 姿勢を正し、真面目な顔で告げる。

 情報料に五百万グロッドは破格の値段だ。

 アタシは、そこいらに転がっている安っぽい情報なんていらない。

 一攫千金を狙えるような情報を、求めているのだ。

 その分危険も付きまとうけどね。

「あのなぁ」

 親父はまだ説教がし足りないみたいだ。

 だけど、もう付き合う気はない。

「これは、れっきとしたビジネスよ!」

 指を顔の前で組み、すこしキツメの目線を向ける。

「しかたねぇな。だが、この金に見合うような情報だと一人じゃ厳しいんだがな」

 親父は頭を掻きながら、羊皮紙にペンを走らせる。

 ここでの情報のやり取りは基本的に紙で行う。

 口伝えだとせっかくの情報が、他の人に聞かれてしまう恐れがあるからだ。

 読唇術の心得がある人なら、声なんて聞かなくても遠くから見ているだけで情報を盗めてしまう。

 それを避けるための紙だ。

「ほらよ」

 親父は紙を丸めてアタシに差し出す。

 アタシはカウンター背にして、

 親父以外の人がアタシの後ろに立たないようにしてから、そっと紙を広げた。

「・・・・・・うーん」

 一通り読んでから、紙を丸める。

「これって本当?」

 一応小声で、親父に話しかける。

 紙には、真偽を計りかねる内容が書かれてあった。

「裏は取れてないが、間違いないだろう」

「えー、裏取れてないのぉ」

「これは、今朝入ったばかりの情報だからな。裏を取ってる時間がなかったのさ」

「うーん、でもなぁ」

 紙に書かれていた内容は、大まかに言ってこういうことだった。


 ここ数日、ネクロ教団が何らかの儀式を執り行おうとしている。

 その際に、信者達をサラセンダンジョンに集めている。

 信者達は、自らの全財産を持ち込んでいる。

 この三点である。

 ネクロ教団を密かに信望している者は多く、こういった儀式で信者を集めるのはよくあることだ。

 儀式の内容は詳しく知らないけれど、一番多いのは信者の魂を昇華させ、

 その姿形を教団に相応しく変貌させることらしい。

 つまりは、人を辞めネクロケスタと呼ばれる姿にすること。

 人ならざる身を隠す為、皆同じローブを身に纏い、教団の教えを遂行していく。

 ネクロ達の教義は邪悪なものが多く、当然ルアス騎士団や聖職者協会をはじめ、

 善の神を信望する者達からは敵視され、幾度となく殲滅活動が行われている。

 しかし、いつの間にか復活していたりするから厄介なのだ。

 信者たちの持ち寄る財産はかなり多く、ネクロ教団の財宝を狙う盗賊は多い。

 私もその一人だ。

 普段ならば、即受けする情報だが、渋っているのには訳がある。

 ほんの数日前に、ルアス騎士団によって掃討作戦が行われ、教団は大打撃を受けたところなのだ。

 教団の持っている財宝は当然没収され、国の物になってしまった。

 今行っても、何も無いはずなのだ。

 それどころか、教団の者も誰もいない可能性もある。

 隠し財宝というのもあるかもしれないが、ネクロ教団は今まで財宝を隠していたことはない。

 過去の教訓を生かす気がまったくないのか、いつも同じ部屋に集められていた。

 今回に限って隠してあるというのは考えにくい。

 正直言って、無駄足になる可能性のほうが高いのだ。

「なんだ俺の情報を疑ってるのか?」

 親父は、心外だと言わんばかりに鼻息を荒く吐いた。

「疑ってるっていうか、信じられないっていうか」

 数日前に壊滅したばかりだしなぁ。

「いっておくが、この情報はそんじゃそこらの奴には教えない貴重な情報だぞ。

お前さんだから教えたんだぞ。本来ならレベルの高いパーティに流したいところなんだぞ」

 アタシは腕組みをして考える。

 親父がここまでいうなら、相当信用スジからの情報なんだろう。

 他にはまだ情報は流れてないだろうし、一攫千金のチャンスかも。

「うーん、わかったわ。それじゃこれ追加ね」
 アタシはちょっと迷ってから、さらに二百万グロッドを親父に渡した。

 これは、情報を止めておいて貰うためのお金だ。

 五十万グロッドにつき一日。

 アタシは二百万グロッド出したので、四日の間は親父が他の人間に情報を漏らすことはない。

 四日で、すべての宝を持ち帰ってやるんだから。

「了解した」

 親父はお金を大事そうに、店の奥にしまった。

 そうと決まれば膳は急げだ。アタシは準備をすべく席を立つ。

「あぁそうだ、いくらお前でも一人じゃきついだろ、腕の立つ聖職者を紹介してやろうか?」

「いらないわよっ。あいつらごとき一人でじゅうぶんよ!」

「そうは言っても、やつらは数が半端じゃないぞ。お前一人じゃ・・・・・・」

「うるさーい! 見てなさい! 私一人でも余裕ってことを証明してきてあげるわ」

 それだけ言って、アタシはさっさと酒場を後にする。

 後ろで親父が、溜息を漏らしたのが聞こえた。