アスガルド物語2〜サラセン会戦〜その8 朦朧とする意識の中で男は目覚めた。 かろうじて、そこが室内だということがわかる。 耳元にしゃがれた笑い声。 誰かいるのか? そう問いたかったが、声を発するほどの気力は残っていなかった。 「貴重な闇の種子じゃ。お前ごとき下賎の輩に使うのはいささか勿体ないが この際いたしかたあるまい。偉大なる我が神に感謝するがよい。 しゃしゃしゃしゃしゃ。」 胸元に冷たい感触。 そこにはクルミ程の大きさの薄黒い半透明の丸い宝石の様な物がのせられていた。 それは溶けるように胸に吸い込まれていく。 深い闇に沈んでいく様な嫌な感覚。 だがそれは次第に快感へと変わり、全身を蝕んでいった… エイアグ達がサラセンに着いたのは二日後の昼のことだった。 二人は宿をとり軽い昼食をすませ、しばしの休息を楽しむ。 ロドは疲れが溜まっていたのか、いつの間にか寝息をたてていた。 「お前には、感謝している…」 普段は言えない事も、聞いていないと分かっていれば案外言えるものだな 思わず笑みがこぼれる。 エイアグはロドと出会ってから、笑うことが多くなった。 ロドだけではない。ガイエルやリコとの出会いもエイアグに変化をもたらした。 彼らのために何かしたい。だがエイアグにできることはひとつしかない。 戦うこと…それこそが彼の全てだった。 エイアグはロドを起こさない様に気をつけて部屋をでた。 宿の部屋は二階にあり、一階は食堂になっている。 階下に下りたエイアグは、宿の主人に鍛冶屋の場所を聞き 早速そこに向かうことにした。 人通りの多い広場を迂回し、町の外れに向かうと ひっそりとたたずむ鍛冶屋をみつけた。 「ここか…」 店に入ったエイアグを迎えたのは、以外にも彼と同じカプリコだった。 「らっしゃい!ほう、カプリコたぁ珍しい。」 カディと名乗った意気揚々としたカプリコに、エイアグは愛用の大剣をみせる。 「これを、直せるか?…」 「ん〜」剣を手にとってまじまじと見るカディ。 「だめだなこりゃ。あ?何故かって? そりゃ簡単だ。こいつは死んじまってんだよ。 いくら俺でも死んだもんは直せねえ。悪いね。」 しばらく考えエイアグは口を開いた。 「それに代わる剣はないか…」苦渋の決断だった。命ともいえる剣を 手放すのは辛い。しかし選択肢はない。エイアグの戦いに全てが懸かっている。 「う〜ん、代わりかぁ。こんな大剣めったにねえからなぁ。 大剣と言やぁここらじゃカレワラの水晶剣ぐらいだな。」 「水晶剣?…」 「あぁ?知らねぇのか? カレワラにあるっていう例の、あ〜なんだぁ、 聖戦士レスティ・ハーンドとかいう奴のだよ。 人間のくせに月の妖(あやかし)を倒したっていう例の奴だよ。 まぁそいつも最後は同じ人間に謀殺されたって話だがよぉ。 つくづく哀れな奴だぜ。 わりぃ話がそれちまったな。 で、そいつが使ってた刀身が水晶で出来た大剣っつぅのが カレワラにあるって話だ。見たことねぇがな。」 「カレワラ…そんな時間はない…」 「ないって言われてもなぁ。とにかく俺にゃあ無理だ。 わりぃな。」 エイアグは渋々その場をあとにした。 ロドが目を覚ましたのは夕刻のことだった。 「ふぁ〜、ありゃ?エイアグ様?」部屋にエイアグがいないことに気付く。 「まったく、どこに行かれたのじゃ。」ぼやくロド。 その時、部屋のドアが開く。 「エイア…ぐぇ〜〜〜!」ドアから飛び込んできた何者かに ベッドに押し倒された。 「騒ぐんじゃないよ。命が惜しかったらね。」 黒髪の女。手甲についた鍵爪をロドの喉元に押し当てる。 「黙って、あたしについてきな。」 慌ててうなづくロド。額からは気味が悪いほどの脂汗が流れていた。 「さぁ、立ちな。変なマネするんじゃないよ。」 そう言った時、気配を感じ振り返る。そこには壁によりかかり立っている金髪の青年がいた。 「リ、リコさま〜!」うれしそうに叫ぶロド。 「こんにちはロド。元気そうでなによりだよ。あははは。」 女は即座にリコに襲いかかった。 が、リコの剣は瞬時に鍵爪をなぎ払い、女を壁に勢いよく押し付け喉に剣を添えた。 「僕はエイアグさんと違ってフェミニストじゃないんだ…殺すよ。」 リコの顔に冷笑が浮かぶ。 「やめろ、リコ…」戸口に立つエイアグ。 「エイアグさま〜」うれしそうなロド。 「エイアグさ、うわぁ!」 一瞬の隙を突き、女はリコを押しのけ窓を突き破り逃げていった。 「いたたた、も〜にげられちゃいましたよ。」 「リコ、何故ここにいる…」 「何故って、誰かがムタシャに伝えなきゃいけないでしょ。 元帥の代わりにエイアグさんが戦うことを。 すんなりOKでしたよ。かえって怪しいですがね。」 「ガイエルは知っているのか…ここにいることを…」 「さぁ、たまにはいいんじゃないですか。あの人にはいい薬ですよ。」 その頃、ガイエルは憤慨していた。 「まったく、あいつらどういうつもりだ!! 軍の規律をどう思ってやがるんだ!!」 苛立たしく机を叩く。 「元帥、傷にひびきますよ。 さぁ、ベッドに戻って下さい。」 なだめるチャオ。 「くそっ!この戦(いくさ)が終わったらただじゃおかねえからな! チャオ!全軍に伝令だ!これよりサラセンを包囲する!」 「いよいよですね」 「ああ」 無事でいてくれよ…
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