アスガルド物語2〜サラセン会戦〜その7


サラセンはアスク帝国の領内にありながら自治領として独立している。


代々サラセンはネクロ族のムタシャ一族により支配されていた。


初代ムタシャが興した秘密結社ムタシャは過激な武闘集団で、


暗殺や拳闘による賭博を生業としていたが、
決して表にはでず、あくまで秘密結社として活動していた。

 
だが現在の当主である6代目になってそれは一変する。

 
6代目は町の一角に巨大な闘技場を造らせ、公に拳闘賭博を始めたのだ。

これには帝国も黙っていなかった。

 
再三に亘って闘技場の閉鎖を勧告したが、ムタシャはいっこうに聞き入れない。

挙句の果てに騎士団にも闘技会への出場を求めてくる始末。

 
帝国としては軍事力を行使したかったが、闘技会は民衆の支持も高く、迂闊には手をだせないでいた。

が、異民族の出現により事態は一変する。

 
帝国は異民族討伐という大義名分を掲げ各自治領を平定していったのだ。

今回のサラセンへの進行もその一環であった。
 

 

 

 
サラセンの一角に建つ一際大きな屋敷、その一室にムタシャはいた。

 
暗褐色のローブに異様な頭蓋骨の被り物、頬はこけ体も痩せ細っている。

だが声はしゃがれているにも拘らず威圧感があった。

 
「ぶざまな負けっぷりですな、真田殿。」

 
「もうしわけない。しかし、そなたの私兵がもう少し奮闘していれば

我らも兵を退かずにすんだのだ。あともう少しで帝国軍を壊滅できたものを。」

 
異国風の甲冑を纏った男が答えた。

 
「しゃしゃしゃしゃ、今さらなにを言う。戦争はそちの仕事であろう。」

 
「うぐっ。」返答に詰まる真田。

 
「まあよいわ。わしにとっておきの秘策がある。すべて任せておけ。

しゃしゃしゃしゃしゃ。」

 
返礼したものの、胡散臭さを拭い去れない真田だった。
 

 

 

 

 

 
第七騎士団の合流により敵軍を退却させた帝国軍は、行軍を中止し留まっていた。

 
ガイエル元帥の受けた傷が思ったより深く、進むに進めないのである。

サラセンより密使が来たのは丁度その頃だった。

 
「すまねえな、迷惑かけて。」ベットに横たわりながらも

無理に笑みを浮かべるガイエル。

 
「気にしないで下さいよガイエルさん。」リコが微笑む。

 
「気にするな…」と、エイアグ。

 
「で、リコよ。サラセンはなんて言ってきやがったんだ?」

 
「あ〜、とですね、彼らはこれ以上の犠牲を出したくないようです。

人道的な立場からね。」

 
「はっ!人道的だと!?殺し合いを見世物にしてる奴らがよく言うぜ!」

 
「それでですね、彼らの希望は彼らの闘技場で、双方の代表により

雌雄を決したいと。それとこちらの代表は元帥を指名してますよ。」

 
「はっ!ばかばかしい!

が、これ以上犠牲をだしたくないのは俺も同じだ。受けるぜ、その提案。」

 
「わかりました。」

そう答えるリコの顔には、いつもの笑みはなかった。

 

 

 

 

 
その夜、エイアグは一人荷物を纏めていた。

 
「エイアグ様、なにをしておいでじゃ?どこかへ行くのですか?

ま、まさか!サラセンでは!?ガイエル元帥の代わりを務めるつもりですか!」

あわてるロド。

 
「お前は残れ…」

 
「な!?なにを言われますのじゃ!

このロドめは、エイアグ様にどこまでも付いていきますのじゃ!

たとえ断られても付いていきますぞ!」

 
「好きにしろ…」

顔には出さなかったがエイアグは感謝した。
 

 

 

 

エイアグ達が野営地をでると、一人の男が行く手を塞いだ。

月の光が男の髪を黄金色に照らす。

 
「リコ…」

 
「やぁ、エイアグさん。今日は月が綺麗ですね。

お散歩ですか?」

 
「………」

 
「どうやら違うようですね。サラセンには行かせませんよ。力尽くでもね。」

そう言うと腰にさしたエペを抜き放つ。

 
「そこを、どけ…」

 
「あはは、こわいなぁエイアグさんは。」

言うなり間合いを詰め剣を振るう。

 
折れた大剣を構えエペを払う。が、続けざまに何度も切りかかるリコ。

 
「どうしました?そんなものですかエイアグさん。

必殺技を見せて下さいよ。それとも折れた剣では戦えませんか?」

 
リコの剣は変化自在。右と思えば左から、上と思えば下から襲ってくる。

柔軟な剣術に防戦一方のエイアグ。

 
隙がみえぬ…

 
「終わりですね。」大きく踏み込み突きを放つ!
 

「勝機!…」

 
体を素早く右に回転させ剣をかわす。

 
「巻き燕ですか。僕に通じるかな?」

剣を瞬時に引きそのまま右に回転するリコ。

 
ガンッ!!

 
鈍い音をたてお互いの剣の柄がぶつかった。静止する二人。

 
「秘剣、巻き燕返し…かな?」

笑いながら剣を収めるリコ。

 
エイアグは言葉が出なかった。

カプリコ砦を出たあと、自らの至近距離においての弱点を克服する為に編み出した秘剣。

それが一瞬にして破られたのだ。

 
「さすがに強いですね。本当は僕がサラセンに行くつもりだったけど

エイアグさんに任せますよ。」
 

「私が、強い?…いや、強いのは、お前だ。…リコ…」

 
「いやだなぁ、僕が技を返せたのはエイアグさんの剣が折れてるからですよ。

もし剣が折れてなくて充分な重さがあれば、僕の手はエペごと砕かれてますよ。」

 
「剣の、重さ…」

 
「サラセンには、腕のいいカプリコの鍛冶屋がいるそうですよ。

闘技場に行く前にいったほうがいいですね。

余計なお世話かな?あはは。」

 
剣を見つめるエイアグ。

 
「感謝する、リコ…」

 
そう言うと、エイアグとロドは月夜の道をサラセンへと向かった。

 
「生きて帰ってくださいよ。」

 
リコは二人を見送った…