アスガルド物語2〜サラセン会戦〜その5


第七騎士団と秘密結社ムタシャとの戦闘は以外に早く終結した。

もともとムタシャは数名単位で行動することが多く、

数千人が一度に戦う戦闘などは今回が始めての経験だったからだ。

 
一人一人の戦闘能力は高く、数名のパーティーにおいての行動は見事だったが、

軍としては無秩序に近く、リコの采配によって分断、各個撃破され

挙句の果てには混乱をきたし、最後には散りじりに森の中へ逃げていった。

 
「見事な采配だったなリコ。」衣服を返り血で赤く染めたガイエルが戻ってきた。

 
「元帥閣下のご活躍にはかないませんよ。」微笑み返すリコ。

 
「可愛げのない奴だぜ、まったく。」そう言うと軽くリコの背中を叩いた。

 
「さてと、リコ。お前は軍を再編したのちライラントに合流しろ。

俺とエイアグは先に向かう。いくぞエイアグ。」

 
「承知…」

 
うしろの飛び乗ったエイアグを確認すると、ガイエルは勢いよく馬を走らせた。

 
「あ〜あ、またいっちゃったなぁ。たまには僕も剣を振るいたいんだけど。」

 
腰にさしたエペをいじりながら、副官に微笑んだ。

 

 

 

 

第六騎士団と異民族軍との戦闘は思った以上に長引いていた。

異民族軍の激しい攻撃に防御陣を布き対抗するチャオ。

 
「敵の思惑は見て取れますが、スピロウがねぇ。

何を考えているのやら。」

 
本来なら第七騎士団が到着していてもおかしくない時間なのだが

未だに影も形も見えない。

 
「やはり分断されましたか。そろそろ次の策に移らなくては

不味いことになりますねぇ。」

 
小さく唸りながら思案するチャオを、傍の兵士は焦り見ている。

チャオもそれに気付く。

 
「そんなに焦らなくても大丈夫です。

この防御陣は味方の犠牲を最小限に抑えることができます。

とは言っても、これ以上の犠牲をだすつもりはありませんから。」

 
一呼吸おき、兵士に告げた。

 
「これより鏃の陣にて敵軍の中央突破をはかります。

そののち反転し敵の後背を突き、味方との挟撃にそなえます。」

 
「味方が来なかったらどうなるんですか?」恐る恐る尋ねる兵士。

 
「その時はこちらがサラセンとの挟撃にあうだけですよ。」

 
静まり返る兵士達。

 
「じょ、冗談ですよ、いやですねぇ。サラセンにはまだ距離があります。

それにガイエル元帥はともかく、リコ団長はへまな指揮はしませんよ。」

 
ふぅ、冗談が通じないのは深刻ですねぇ。士気の低下が著しい証拠です。

 
頼みますよリコ。

 
「皆、私に続け〜!」妙に芝居がかるチャオ。

 
がらじゃありませんが、仕方ありませんねぇ。

 
白々しいほど芝居がかったチャオをみて、兵士の顔に笑みが戻った。

 

 

 

 

 
ガイエル達が到着した時、味方の姿はなかった。

 
「おいおい、どういうことだ?まさか全滅しちまったのか?」

 
それを聞き鼻をひくつかせるエイアグ。

 
「否…敵の後背に味方の気配を感じる…」

 
「お前、すげえ鼻だな。

なるほどな、中央突破して挟撃に備えたか。チャオの奴だな。

だが、第七騎士団が来るにはまだ時間がかかる。

敵を混乱させ時間をかせぐか。」

 
「どうするのだ…」

 
「二人で突っ込んで掻き回してやるのさ!」剣を抜き馬を敵陣に向け走らす。

 
「承知…」駆ける馬から飛び降りざまに敵をなぎ倒すエイアグ。

 
剛剣を振り回すガイエル。その前に巨大な赤い蛙が現れた。

 
「なんだ?ザストか?」よく見るとその上に騎士が一人乗っていた。

 
真紅のマントに銀の鎧兜。襟元を覆う羽飾り。手には真っ赤な槍を携えていた。

どうやら人間ではなくカプリコのようだ。

 
「我が名はアントニオ・アジェトロ!戦場を駆ける真紅の稲妻!

下賎な人間よ、我が槍の錆と化すがいい!!」

 
「はぁ?バカかてめぇは。とんだ道化だぜ。」あきれるガイエル。

 
「ぬ!?無礼な野蛮人め!正義の鉄槍うけてみよ!!」馬?を走らすアジェトロ。

 
「はっ!きやがれピエロ蛙が!」馬の腹を蹴り突進する。

 
激しく交わる両雄。馬を翻し再び剣を交わす。

 
「ただの道化じゃなさそうだな。」嬉しさのあまりガイエルの顔に笑みが零れる。

 
連続して突きを放つアジェトロに防戦いっぽうのガイエル。

 
ガッ!!

 
真紅の鉄槍に脇腹をえぐられガイエルは落馬した。すぐさま体を起こし

剣を構える。脇腹からはおびただしい出血。

 
「くそっ!俺としたことが…」

 
「かくごせよ!我が鉄槍がそなたの魂をあの世へ解き放つ!」

 
はやくしろよ…

 
アジェトロの鉄槍が、ガイエルめがけ襲い掛かった。

 
ガキッン!!

 
激しい金属音!

ガイエルの前に飛び出した一人の剣士が槍を薙ぎ払う。

 
青みがかった黒色のマントに銀の鎧兜。手には大剣。

兜の隙間からは白濁色の眼が覗く。

 
「我、エイアグ…」