アスガルド物語2〜サラセン会戦〜その4 ライラントの戦死は軍の士気を著しく低下させた。 副官のチャオが叱咤激励するが、思うような成果は得られない。 「数ではまだこちらが有利です!さぁ、どんどんいきましょう!」 とは言ったものの、やはり士気の低下が気になった。 今のうちに防御を固め味方を待つべきだろうか。 それともいっそ退却し合流をはかるか。 いや、退却と見せかけ反転し敵の虚を突く方法もある。 どちらにしろ早く何とかしなくては不味い事になりますね。 チャオは知将だが少々優柔不断だった。 即決型のライラントとのコンビでは力を発揮したがソロとなると判断の鈍さが目立つ。 本人もある程度は自覚しているのだが、 「こればかりはねぇ、性格ですし。」と、いった調子であった。 防御を固め味方を待ち、合流したのちに敵を一掃する。 これでいきましょう。 号令をかけようとした時、事態は一変した。 突然、地中から巨大な植物の蔓が現れ兵士を襲いだす。蔓の中心にはかぼちゃが… スピロウだ! 戦場の至る所に沸きだすスピロウ。何故か帝国軍しか襲わなかった。 まれに巻き添えを食う敵兵もいたが。 味方は混乱の極みだった。 「ああ、不味いですよ、これは。」 「副官殿!どうされますか?!ご指示を!」 「どうしましょう。」 「!?」驚きとともに呆れる兵士。 「冗談ですよ。いったん退却し陣を再編成します。 そこで防御陣をひき味方を待ちましょう。伝令をお願いします。」 「はっ!」急ぎ駆けていく。 味方を待つか…その味方も襲撃されてる可能性もあるのですが。 「さぁて、どうしたものですかねぇ。」 馬上で足を組み頬杖をつくチャオであった。 その頃、チャオの予想どうり第七騎士団も敵襲にあっていた。 異民族の敵軍ではなかった。全員、頭巾で顔を隠していたが その戦闘スタイルから修道士とわかる。 「ムタシャですね。」とリコ。 「だな。」苛立ち答えるガイエル。 「異民族の人達は、もうムタシャと手を結んじゃったみたいですね。」 「ああ。このぶんじゃライラントも襲われているな。分断されちまったか。」 「さっさと片付けましょう。」リコはあっさり言い放つ。 「さて、やるか。」 そう言うと腰にさしたブロードソードを抜き放ち、ガイエルは敵の真っ只中へ 突っ込んでいった。 「あ〜あ、またいっちゃったよ。 しかたないなぁ。 あ、全軍の指揮は僕が執るから心配しないで。」 リコは副官に微笑みかけた。 エイアグも剣を振るっていた。 幾人もの敵を倒した頃エイアグの前に二人組みの黒頭巾が現れた。 手には二本の長い爪のついた手甲をしている。 エイアグは目が見えないが、空気の流れや物音、敵の体臭などで間合いを計ることができる。 正眼に大剣を構えるエイアグ。相手が先に動いた。 二人組みは交互に入れ代わり立ち代わり攻撃を仕掛けてくる。 エイアグが片方の敵に踏む込めばその相手は退き、もう片方が攻めてくる。 こんどはそちらに剣を向けると相手は退き、逆の相手が攻めてくる。 付かず離れずの攻めに、エイアグは苛立った。 「必殺の間合いに入らねば、我は倒せぬ!…」珍しく吼えるエイアグ。 エイアグの苛立ちをチャンスと見て取った二人は左右に大きく別れ こんどは二人同時に踏み込む。 正確に間合いを読むエイアグ。 右の方が少しだが速い… そう感じ取るとすぐさま左の敵に背を向け相手を一人に絞る。 「ぬん!…」 大剣が激しく地面をえぐり、大量の土砂が敵に降りかかる。 相手の動きが一瞬止まった。その時、背後に迫った相手が必殺の突きを放つ! 左に体をねじり突きをかわし、その反動を使い凄まじい速さで右に回転! 右手に持った大剣の柄が相手のこめかみを打ち抜いた! 頭蓋を砕かれ吹き飛ぶ黒頭巾。 もう一人の黒頭巾は一瞬の出来事に呆然と立っていた。 「我に死角なし…」 「くそっ!よくも!」高い声、女の声だ。 …女!? エイアグが大剣を一閃すると、顔を覆った頭巾が吹き飛び 美しく長い漆黒の髪が現れる。肌は白く、一際大きな瞳が印象的だ。 その瞳はエイアグを激しく睨みつけている。 「よくも!よくも兄さんを!」 「兄?…そうか…」エイアグはどうして良いかわからなかった。 ここは戦場だ…奴から仕掛けてきた… 斬るのか?この娘を… この私が… 「うわぁぁぁ!」女は泣きながら向かってきた。 軽く体をいなし女を突き飛ばす。 「去れ…」 「ふざけるなぁ!化物!殺せ!私を殺せ!」 化物… エイアグは女に背を向けその場を去った。 その背を女はずっと見ている…ずっと…
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