アスガルド物語2〜サラセン会戦〜その3


その夜ロドは一人だった。

エイアグが元帥のテントに呼ばれたため、話し相手を奪われ暇を持て余していた。

 
「退屈じゃの〜。砦にいた頃はアホな部下をいびって暇を潰したのじゃが、ここではそれも出来んの〜」

 
愛用の杖にワックスをかけ丁寧に磨く。

 
「ん〜見事なてかり具合じゃ。」満足そうに微笑む。

 
が、それもロドの心を満たすには至らなかった。

 
「帰りたいの〜カプリコ砦に。」

 
何気なくポケットから割れた人形を取り出し眺めた。

 
ロドがエイアグに付いて来たのには訳がある。

 
マスターに木彫りの人形を取り戻す命を受けたロドは、見事にそれを遂行した。

 
そこまでは良かったのだが、その後うっかり人形を壊してしまったのだ。

 
悩んだ末、逃げることにしたのだが、さすがに一人は心細く

エイアグが旅に出ると聞いて無理やり付いて来たのだった。

 
「ロド。」不意に暗闇から声がする。

 
何者じゃ!って…あわわ、声がでな〜い!?

 
慌てふためくロド。

 
「案ずることはありませんよ。」優しく穏やかな声。
 

マ、マママ、マスター!?

 
「お久しぶりですね、ロド。」ロドの顔から血の気が引いていく。

 
必死に弁解しようとするが、声が出ないのでどうする事も出来なかった。

 
マスターはロドに近づき、上半身を前に倒し耳元で囁いた。

 
「あれは私の物です。ですが、しばらくあなたに預けておきましょう。

あなたと私だけの秘密ですよ。意味はわかりますよね?」

 
ロドは首を縦に振った。何度も何度も…
 

 

 

 

 
先行した第六騎士団が敵軍と遭遇したのは二日後のことだった。

 
敵軍の数はおよそ1500。自軍は歩兵2000に騎馬隊1000。

数においての有利を確信したライラントは、第七騎士団を待たずに戦闘を開始させる。

 
「敵は我が軍の半数にも満たぬ!一気に押し潰せ!!」吼えるライラント。

 
ライラント自身も槍を片手に戦場を駆け巡る。

数十人を槍の餌食とした頃に、ライラントは異様な者を目に留めた。

 
それは、巨大な赤い蛙の化物に跨った騎士だった。

 
真紅のマントに銀の鎧兜。襟元を覆う大きな羽飾り。手には真っ赤な槍を携えている。

 
よく見ると人間ではなくカプリコだった。

 
こいつがアジェトロか!エイアグには悪いが、奴の首は俺が頂く!

 
「うおぉぉぉ!」怒号を挙げ馬を走らせる。

 
ライラントに気付くアジェトロ。愛馬?を翻し槍を構え突進する。

 
交差した瞬間ライラントの兜が弾け飛んだ。そのまま落馬するライラント。

 
彼が再び、槍を手にすることはなかった。