アスガルド物語〜序章〜その10


エイアグは、産まれながらに眼が見えなかった。
父と母の顔を知らない。そして声を知る前に捨てられた。

物心ついた時には、ノカンの奴隷となっていた。
彼らはエイアグを殺そうとはせず虐待し続け、幼い体に生傷が絶えることはなく
その傷は今も残っている。

彼の名前はノカンが付けたもので、エイアグとは[地を這う者]を意味する。

ノカン達は蔑みその名を呼ぶが、彼自身はエイアグという名を気に入っていた。
何故かはわからない。妙に愛着が湧いたのだった。

ノカンの暴行を受けるうちに、痛みを和らげる方法を身につけた。

彼らの臭いと物音で距離を測り、息使いの変化でタイミングを見計らい
拳の当たる瞬間に体をいなす。そうすれば痛みを最小限で抑えられた。

奴隷のささやかな抵抗だった。

15歳になる頃には、
ノカン村にいる全てのノカンの動きが手に取るようにわかるようになっていた。


なぜ、私はここにいるのだ…

彼らはなんだ…なんと単純な奴らか…

私にはすべてわかる…その私がなぜこんな所に…


エイアグの心に暗い炎が燈る…

落ちてある鉈を拾い、足枷に叩きつけた。
それに気付いたノカンが奇声を発し駆け寄ってくる。最初の犠牲者だ。

その後は手当たりしだい斬りまくった。

弱い…弱い…

四方八方から飛んでくる吹き矢を一瞬で叩き落し、
その内幾つかを放った本人に打ち返した。

ウッドノカンの投げつける丸太の上を飛び渡り、次々と首を刎ねるエイアグ。
気付いた時には、立っている者はエイアグただ一人になっていた。

私が強いのではない…彼らが弱いのだ…

強いとはなんだ…

森へと歩いていくエイアグ。行く宛てはない。

強いとはなんだ…

彼の戦いが始まった。