第二章:「憂鬱なる作戦」



「ルセア様、あ、いえ、隊長、
間もなくルアス騎士団突入の時間です」

ルセアと呼ばれたその女性は、
足元まである薄い水色のマントを翻し、
声の方に振り向いた。

「分かりました。では準備を始めましょう。
それと・・・」

まず一番に目につくのはその美しく金色に輝く
髪の毛であろう。

だが、誰しもが次に目を奪われるのは、
聡明さと美貌を兼ね備えた顔立ちである。

ただでさえ男にとって話し掛けるのを
躊躇してしまいそうな美しさに加え、
スオミ魔道軍第二隊隊長という肩書きを持つ
彼女には、そうそう対等な立場で話し掛けてくれる
男はいなかった。

「その、様っていうのいつまで直らないつもり?」

多少皮肉を交えた笑みを浮かべて
目の前の青年に言った。

「も、申し訳ありません・・・つい・・・」

「ラヴィン、貴方も副長としての自覚を持たないと
いけませんよ?」

「はい・・・」


その時、二人の目の前に、光に纏われた人影が現れた。
瞬間、光だけが消え去り、
その人影の主がイツァークである事が分かる。

「あら、イツァーク。どうしたの?」

突然現れたイツァークにさほど驚きもせず言った。


「・・・ラヴィン、済まないが・・・」

イツァークはルセアの側に第二隊副長のラヴィンの存在を
認め、席を外してくれるように頼んだ。

ラヴィンが離れたのを確認し、イツァークは口を開く。

「ルセア、今回の任務、どうしても気が乗らない・・・」

ルセアは別段表情を変える事なく、
しばらくイツァークをじっと見つめた後言った。

「・・・そうね。
でも、ルーヴァンス様、あなたのお父上が
お決めになられた事だから・・・」

「・・・最近父上は変わってしまったような気がする。
ルアスの・・・トールと会うようになってからだ」

「・・・・・・例えそうだとしても、
この任務、やらない訳にはいかないわね」

「あぁ・・・そうだな。
こんな事、今回限りにしたい・・・」

イツァークはそう言うとまた再び短い詠唱を終え、
光に包まれた。

「時間を取らせて済まなかった」

「健闘を祈るわ」

イツァークが光と共に消えたのを見届けると、
ルセアは先程のラヴィンの元へと歩き出した。

「・・・確かにこんな任務、気が乗るものじゃないわね・・・」




そして『任務』が始まった。


「シンクレア!全員に伝えろ!
俺の最初の一撃が合図だ!」

「はっ!」

イツァークは目を閉じ、呪文の詠唱を始めた。
先程の移動魔法の詠唱とは違い、
かなり長いものであった。

全てを唱えおわると、目を見開き、
目標めがけて手を振りかざした。

「水の精霊よ、氷と化して彼の地に災いを!
・・・フローズンシャワー!!」

その直後、遥か遠方にある目標・・・
カプリコ族の村を、無数の氷の刃が襲った。

そしてそれを合図として次々に
他の魔術師達の魔法が放たれる。

イツァーク率いる魔道軍第三隊は、「水」を司る。

魔法には火、風、水、土の4つの属性があり、
スオミ魔道軍はそれぞれ火、風、水、土に属した
隊が存在する。

イツァークにしてみれば「水」属性魔法しか
扱えない訳ではない。
だが、近年開発された魔法の道具、「リビエア」によって
その細分化が効を為すようになってきたのである。

「リビエア」も四属性それぞれに対応したものがあり、
火属性のリビエアを持つ者には、
火属性魔法を扱う時にだけ
その魔力を増大させるという効果を持っていた。

よって、イツァークの第三隊は、
全員が水属性リビエアを所持する事が
義務づけられているのである。

それを決めたのは他でもないイツァークの父であり、
現魔道軍の長、魔道軍将ルーヴァンスであった。


「水」の魔術師達によって攻撃を受けた村は、
逃げ惑うカプリコ達や、
武器を手に応戦に向かうカプリコ達で
大混乱に陥っていた。

だが、村を襲った災難はそれだけではなかった。

イツァーク率いる第三隊が「水」ならば、
ルセア率いる第二隊が司るのは「風」。

風の魔法の中には天候を操り、
雷を落とすものもある。

そして、水は雷を伝導する・・・


巨大な雷が数本、村を襲った。

しばらくそれが続いた後、どこかにじっと潜んでいた
ルアスの騎士団が雄たけびを上げながら、
いまだ大混乱の続く村へ突撃していった。

最早、火を見るより明らかだった。



「シンクレア、帰るぞ・・・」

その様子を遠くから見ていたイツァークは、
そう言うと、呪文の詠唱を始めた。

通称ウィザードゲートと言われる、
自らを、時には仲間をも一瞬にして
別の場所に移動させる魔法。

高位の魔術師のみに許された空間移動魔法である。

「隊長、残党狩りの任がまだ残っておりますが・・・」

シンクレアの引き止める声に、詠唱を止めるイツァーク。

「・・・気が進まない。お前に任せる」

そう言い残して、再び詠唱を始め、
光の中へと姿を消した。