第一章:「魔術師の少年」 遠くを見渡せる丘の上で一人の少年が 浮かない顔をしてそこに立っていた。 先程から微動だにせず、ただ遠く目に映る、 その景色だけを見つめていた。 その景色・・・それは美しい山々や、 緑の草原、光り輝いた湖などではない。 目線の先には一つのありふれた村があった。 村と言っても、その造りは少し変っていたが。 家というには粗末な住居、テントらしきものが 無秩序にいくつも乱立している。 所々ある広場には焚き火の跡だろうか、 木々がくべられているのが微かに見えた。 そして何より変っていたのが、その住民。 そう、これは人間達の村ではない。 カプリコという種族の暮らす村なのである。 その村を遠く見つめる少年に、 ふいに声をかけた者がいた。 「イツァーク隊長、そろそろお時間です・・・」 そう声をかけた青髪の青年はそう告げると踵を返し、 また元きた道を戻っていった。 その口調ときびきびとした歩き方から、 その青年の実直さが伺える。 イツァーク、と呼ばれた少年は、 視線を遠くに見える村から外し、 自分に声をかけた青年の方へ振り返った。 もうすでに青年は叫ばなくては声の届かない位置まで 去っていた。 少年は彼の後を追うように、 同じ道を辿って歩き始めた。 その目は、先程あった憂いにも似たものはなく、 ただこれから起こる事への決意に満ちた目であった。 イツァークがそこに着くと、先程の青年をはじめ、 数人が集まっていたが、 イツァークの姿を認めるなり、 全員が彼に注目した。 その場に一瞬の緊張感がみなぎる。 イツァークはその集団を一通り見回すと、 静かに、それでもしっかりとした口調で 話しはじめた。 「これより、我が魔道軍第三隊は作戦に移行する。 第二隊と共に、先行しているルアスの騎士団の援護、 及び逃亡者の駆逐を任務とする。 皆、思う存分力を発揮してくれ」 そうとだけ告げると、イツァークは、 先程自分を呼びに来た青年に小さく囁いた。 「シンクレア、第二隊長はどこにいる?」 「はっ。おそらく目標の村を挟んで反対側の 丘の上かと思われます」 「そうか・・・ここはお前に任せる、 俺は少し第二隊長と話をしてくる・・・」 「分かりました。ですが、攻撃時間までには・・・」 「ああ。分かっている」 魔法都市スオミ。 そこは、魔術師の街である。 住まう者全てが老若男女問わず魔術師であり、 街のあちこちに魔法の仕掛けが垣間見える、 湖に面した神秘的な街である。 スオミにも、他の都市ルアスやミルレスと同じく、 「軍隊」が存在する。 その特色を活かし、 魔術師だけで構成された「魔道軍」である。 魔道軍将ルーヴァンスを筆頭とし、 第一隊から第四隊までがあり、 このイツァークはその中の「水」を司る、 第三隊隊長なのであった。 魔術師の個々の能力は、 大概持って生まれたセンス、天性の魔力によるところが 少なくない。 厳しい修練によって己の魔力を上げる事も可能ではあるが、 基本的な魔力の限界値は、 得てして克服できるようなものではなかった。 よって、イツァークのように、 年端もいかない頃からこのような魔道軍の隊長に なれる事もさほど珍しい事ではなかった。 「お気をつけて」 シンクレアの言葉に軽く頷き、 イツァークは呪文の詠唱をした。 短いものであったが、詠唱が終わると、 彼の体が光輝き、次の瞬間、その光と共に 消えた。 まるでその光に飲み込まれたかのように・・・
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