第三章:「いつも見る夢」



イツァークが戻った先は、
ルアス、バハラ王宮であった。

現在、スオミ魔道軍の指揮系統はここ、
バハラ王宮から行われている。

指揮官のルーヴァンス魔道軍将もここにいた。


王宮の長い廊下を歩くイツァークの反対側から、
誰かが歩いてくる。

燃えるような赤い髪が特徴の見知った顔。

魔道軍第一隊隊長、ゲオルグである。

「ん?イツァークか。随分早いご帰還だな」

「・・・・・・」

イツァークは目もくれようとせず、
ゲオルグの脇を通り過ぎようとした。

「おい、待てよ。
 随分と偉くなったもんだな。
 さすがは魔道軍将の息子だ、ってか?」

元々、イツァークとこのゲオルグは仲があまりいいとは
言えなかった。

ゲオルグにとって、自分より遥かに年下の少年が
親のこねか何か知らないが、
自分と同じ隊長格であるという事が気にいらず、
イツァークにとっては何かと突っかかってくるその性格が
鬱陶しかった。

「・・・そうやっていちいち突っかかってくるなんて、
 第一隊はよほど暇と見えるな」

「はっ?お前、そのナメた口の利き方、
 年上に向かっていうセリフじゃねぇな」

イツァークはそのままゲオルグを通り過ぎ、
通路を再び進んだ。

「けっ・・・可愛げのないガキだ・・・」

後ろから聞こえてくる声を無視しながら・・・




「あ、イツァーク隊長!」

通路を右に曲がった時、
後ろから自分を呼び止める声がした。

振り返ると、先程のゲオルグ隊に所属する、
副長アーシャがそこにいた。

「アーシャか。どうした」

「あ、あの・・・お、お疲れ様です。
 それで、ゲオルグ隊長見ませんでした?」

「・・・アーシャ」

「は、はい?」

「その敬語をやめろ、といつも言ってるだろう。
 俺とお前は同期なんだ。昔通りでいい」

このアーシャという少女とは、
イツァークが魔法学校時代、
といっても一年前までの事であるが、
同学年であり、友達でもあった。

学年でも一番、二番の成績であり、
卒業後、一年で隊長、副長となったこの二人は
当時、前代未聞として多少騒ぎになった程であった。


「う、うん・・・あ、それで・・・」

「あぁ、ゲオルグだったな。
 さっき向こうの廊下ですれ違ったぞ」

「あ、ありがとう!」

そう言うや否や、
アーシャはイツァークが確かに教えた方角とは
反対の方向へと走リ出した。

「いや・・・そっちじゃない・・・」

「あ、あっちか!じゃね!」


アーシャは・・・成績は優秀で、魔力に関しても
特に問題はないのだが・・・
いかんせん、抜けているというか、
それでゲオルグに何度となく怒られる事もあるらしい・・・



アーシャと別れてからしばらく進んだ所にある
一室の扉を開き、中に入った。

バハル王宮内にいくつかある客室の一つだ。

ルアスにいる間のイツァークの自室であった。

イツァークにとってみれば趣味の悪いシャンデリアが
天井からぶら下がり、目を引く。

一つだけある窓を開けると、階下に中庭が見える。
射し込む光と、少しだけ感じる事のできる風は、
さっきまでの虐殺とも言える戦いとは
全く無縁な物であった。

その窓の側に椅子を置き、
座って静かに目を閉じた。

静寂がその部屋を包み込む。

そのままいつの間にか眠りに落ちた。



夢を見た。

いつも見る夢だ。

幼い頃亡くなった母。

厳格ながらも優しかった父。

三人でスオミの湖のほとりで遊んでいる。

懐かしいような新鮮なような・・・

そのうち、父がふといなくなる。

つられて振り返ると母もいない。

一人残された自分は、ただ呆然と辺りを見回すだけ・・・





トントン・・・

ドアをノックする音で目が覚めた。

イツァークは、時計を見やり、
自分が二時間ほど寝てしまっていた事に気づく。

「イツァーク様、ルーヴァンス様より、ご連絡です」

ドアの向こうで誰かの声が聞こえた。

「なんだ?」

「各隊、隊長副長はただちに作戦室に集合、との事です」

「わかった・・・すぐ行く」

そう答えると、ドアの向こうの人の気配は消えた。


「また任務か・・・今度は一体なんだ?
 全隊に集合をかける程なのか?・・・」

イツァークの胸に、漠然とした不安がよぎった。