第四話〜二人だけの誕生日〜



元のようにとはいかないものの、徐々に再建されたミルレスの町。

神木の上にたつ、緑と神秘的な空気に包まれた神聖な土地。

木々が風に揺れてさわぐ音、そしてその間を飛び回る小鳥の囀り。 

一人の女の子が、町を見下ろせる、少し高い木の枝の上にすわって、
ミルレスの町、そしてその後ろに広がる広大な大地をながめていた。

夕焼で、徐々に紅く染まっていく大地。
全てのものが光り輝くような…そんな美しい光景が眼下に広がる。

「綺麗…」
彼女は、知らずのうちに呟いていた。

風に揺れる肩の下まで垂れる赤髪。
親譲りの綺麗な赤髪に夕日が照りつけ、透き通るように光る。

そしてあっさりとした顔つき。
飾らないが、何処にも文句のつけようのない美形でもある。

そして、黒いインナースーツに、対照な白いハードレザーメイル、
使い古して、所々ヒビがあるロングソードを樹木に立てかけている。

彼女の名前は…ティア。

月日は流れ…赤ん坊だった彼女も今年で16になる。

その時、ティアの座っている樹木の下に、もうひとり、女の子が駆けてきた。

「あ!やっぱりここにいた!ティア〜、ミレィさんが呼んでるわよ〜。
うちに呼んできたら御飯ご馳走してくれるってさ♪」

肩にかかるかかからないかくらいの青く、美しいミディアムヘアー。

そして、赤に金色の縁取りがされた胴着に、黒いスカートの戦闘服。
それでも彼女が着ると、なぜかチャイナドレスにもみえるから不思議だ。

彼女の名前はリルム。年は私よりいっこ下。

今は騎士団長スルトさんとミラさんの子で…

性格は明るくて、陽気。

 ・・・私とは正反対ね。

心の中で私は苦笑した。

「こら〜! 笑ってないでおりてきなさ〜い!」

下でリルムが飛び跳ねている。
プンプンと怒ったような表情をつくりながら、それでも眼は笑っている。

「はいはい、いくわよ。」

 トスッ、彼女は、木の枝から勢いよく飛び降り、軽く着地した。

「ささ、はやくはやく♪ ミレィさんにおこられちゃうよ〜」

私のの手を引き、リルムがミルレスの一民家、私の家まで引いていく。

石畳の歩道に、樹と土で作られた家々が、夕日を浴びて紅く染まっている。

そうそう、言い忘れたけど、
リルムは、スルトさんが騎士団に勤めているのにもかかわらず、
ミルレスの私の家のお向かいに住んでいる。

よく、愚痴を言いながらルアスまで出勤するスルトさんを見るな〜、

ミラさん、普段は大人しいけど、怒るとすっごく怖いってリルムがいってたっけ。

スルトさんもあんな性格だし…やっぱりミラさんのほうが、家での順位は高そうね。

スルトさんかわいそう・・・

 ギィ…

見慣れた玄関のドアをひらいた。

私が物心ついたころからそこにたっている、小さいながら、二階建ての私の家。

奥の部屋、いや台所に、
赤い髪に薄い水色のエプロンをつけたママ…ミレィが料理をしている。

あ、こっちに近づいてきた。

「わざわざありがとうね〜リルムちゃん。ティア、早く中に入って。今晩はご馳走よ〜」

「わぁあ! おばさますごい!うちにも食べさせてもらえるん?」
テーブルの上には、到底食べきれないであろうほどの料理がならんでいた。

ほんと…普段じゃ見ないような果物の姿や、
ノカン肉のステーキ、そして高そうなケーキまである。

「ええ、もちろんよ。 なんていったって今日はお父さんの誕生日だからね♪」

一瞬、空気が凍りつくようにつめたく感じた。

お父さん…この言葉の意味のなさに、私はうんざりする。

この家には…今はもう、二人しかすんでいない、ママと私のふたりだけ。

けど…ままの寝室の、ダブルベッドや、食卓の椅子も3つ、
お皿の数や、食器、全てにいたるまで“3人分”用意されている・・・

まるで、パパがこの家にいるように…。

もう、私が物心つかないうちに…パパは…

よく、ママが聞かせてくれたっけ。

いかにパパが強くて素晴らしいく、かっこいい人だったか。
いつも決まって、笑顔の裏に寂しそうな表情を隠して…

「ママ…もういいかげんにして! こんなことしても…パパはもどってこないのよ!」

「ティア?!」
リルムが驚いた顔をしている。

「ティア…」
ママは、その場で固まってしまった…

 涙が、溢れてきた。

私は気がついたら勢いよくドアを押し開け、走っていた。

きがついたら、丘の上の墓地…
大戦で死んでいった人々が、今では十字の石像の下に永遠に眠る。

花々がそえられ、いいにおいがしてくるが…。
それでも、独特の寂しい雰囲気を持ってそこに存在している。

その中央の一番大きいお墓の前。

“マイソシア大陸を救った大英雄、レヴン=クレイツァーここに安らかに眠る。”

「パパ・・・」

パパは、十数年前、忽然と私たちの前から姿を消した。

ママは、パパと別れたときから時が止まっている…、ただ、歳をとってゆくだけ。

まだ、死んだと決まったわけじゃないと・・・ママは必死にそれにすがっている。

けど、昔、おじいさんが、ポツリと話してくれたことがあった。

パパは…不治の難病にかかっていたって・・・後一晩の命だったって…。

今でも、私はほんとに、1,2歳の子供だったけど、ひとつ、耳に焼きついたパパの声…

やさしい、あの雰囲気…。

思い出せば思い出そうとするほどぼやけていく…、けど、確かに覚えている温もり…

どうして…消えちゃったりしたのよ。

ママはいつまでも、死ぬまで貴方を追うことになるのよ…?

彼女は、その墓の前でただただ泣いていた。
涙が枯れるまで、毎年そこで泣いていた。

そのとき、彼女の肩に何者かの手が触れた。

「・・・スルトさん…」

そこには厳つい騎士の、黒光りする鎧に、
王国の紋章が描かれた黒と白のマントをはおった、スルトがたっていた。

「どうしたんだい? ティアちゃん…なにかあったのか?」

優しい声、まさに私にとってはいろんな意味で彼が父親だった。

剣術を教えてくれたのも、そして時に叱ってくれたのも…。

「うん…ちょっとね」
涙を拭きながら、答える私。

私たちは、もうすっかり日が暮れてしまった帰り道、
思ったこと全てをスルトさん、いえ、もう一人のパパにぶつけた。

ただ…、心の底からわきあがる空しさと、ママのことと…。

「・・・それはきっと、ティアちゃんにもわかる日が来るよ。
ママにはあやまっておきなよ」
ちょっと寂しい顔をして、別れ際に助言をしていった、そして隣の家にはいっていく彼。

「・・・ただいま。」

「おかえり、ティア」
ママは椅子に腰掛けて、虚空をぼんやり見つめていた。

薄暗い明かりの中、ママの顔には泣いた跡がしっかり残っていた。

「・・・ママ、さっきはごめんなさい…」

ミレィの目をみていうことなんてできなかった、俯きながらいうティア。

「・・・いいのよ、ティア」

ママはこちらにやってきて、私の頭に手を置いた。

「わかってる、わかってるのよ、私も。

けどね、この日は…私とパパが、二人で決めたパパの誕生日なの。
パパは、捨て子だったから正確な誕生日はわかんないけど…

16年前のこの日、私たちの結婚記念日を彼の誕生日に決めたのよ。
だから…もしかしたらフラッとかえってくるような気がして…。」

「さ、もういいから、御飯食べよ、ねっ」
無理に笑顔をつくるママ。

 わかっているけど…いつまでも待っていたい。

死んだとしても、その人への思いって永遠なんだね…。

いつか、スルトさんがいったように、私にもわかる日がくるのかな…?

ミルレスの晩が、今日も変わらず過ぎていく。