第二話〜青天の霹靂〜



窓から入るまぶしい光で、彼は目が覚めた。
もう、かなり高い位置まであがっているようだ…。

「あなた! おきなさ〜い!」

彼は眠そうに目をこすりながらベッドから起き上がった。
窓から、活気あるミルレスの朝の市がみえる。

 …今日もいい天気だな…。

「おはよう。 ミレィ」
食卓には、すでに彼女がニコニコしながら座っている。


「それにおはよう、ティア」
彼は、小さい子供用のベットの上に、布団に包まれた小さな赤ん坊へ近づいた。

かわいらしい瞳と小さな体をしたその女の子の頭を優しくなでていた。
その、小さく愛くるしい顔も、どこかわらっているようにみえた。

「まぁ 最近は、私よりティアにつきっきりなのね…、妬いちゃいそう」

笑いながら冗談を言い、
彼に寄り添うように、ミレィもとなりにきて、我が子をなでていた。

「こらこら、俺たちの子供に妬いてどうする!」
指で彼女の額をはね、そのまま口づけをする二人。

平和で、幸せな日常が続いていた。

結婚式から二年…
傷つき、居住区の3分の一を失ったマイソシア大陸の人々だが、
かってのスオミ、ミルレスへ、故郷へ戻った人々は町を立て直し始めた。

今では、スオミもミルレスも、
元のとおりとは行かないものの、かなり復旧が進んで町としての機能を果たしている。

彼らは、ルアスのレイチェル宅から独立し、ミレィの故郷ミルレスへ家を構えた。

大いなる自然と、神秘的な雰囲気に包まれた町。

かってのミルレスが戻りつつあった。


「んじゃあ、いってくる。」

 ギィ…

彼は扉を開け、朝のすがすがしい空気溢れるミルレスの町へ踏み出した。

今の彼の仕事は、ミルレス自警団の団長。

そこそこな収入なものの、家族3人で暮らすには十分なものである。

「お! レヴン! おはよ〜!」
呼ばれて振りかえると、
そこには金色のマントに鎧、そして漆黒の槍を背中からつるした一人の騎士。

騎士団長、スルトの姿があった。

そう、彼と、そしてミラの夫妻も、ミルレスの隣の民家に住んでいる。

そして、スルトは今からルアスに出勤というわけだ。

今ではお腹の大きいミラに、
どうやらおしきられてミルレスへすむことになったらしいが…

「それでよ〜、家事はみんな僕の仕事にされてんだよな〜」
並んで歩きながら、口々に愚痴をこぼすスルト。

しかし、幸せな家庭なのは、彼の顔を見ればよくわかる。

とても充実して、幸せそうな顔。

「じゃあな〜!」

「あぁ、がんばれよ、騎士団長様」

「おまえまでそんなからかい方するなよ、レヴン。」
彼は照れながら、ミルレスの開閉門をでていった。

俺は、ミルレスの町を一望できる、一段と高い台地へとのぼった。

・・・綺麗だな、今日も平和に過ぎていくといいが…

   願わくば永遠にこの幸せな日々が続くように…

彼の長い黒髪を、風が優しくなでている。



 だが、運命は… それを許さなかった・・・



 ドクン!!

急に、体のそこから湧き上がる激痛を感じた。

…グッ、何だこれは…!?

ドクン! ドクン!

「うっ…」

あまりの激痛に、彼はその場にうずくまった。
両側に見える木々が…視界がうすれていく…!

 バタッ

彼は倒れこみ、意識をなくしてしまった。
ただその光景を、木々と鳥達が不思議そうに見ていた…。


 ドンドンドン!

「ミレィさん! 大変です!!」
ミレィが、赤ん坊の世話をしていた時、家の扉があわただしく叩かれた。

「ちょっとまっててね〜、ティア。」
彼女は赤ん坊をベッドにもどし、急いで扉へと走っていった。

 ギィ…

扉を開いたとき、そこには村の自警団の青年、そして…
彼女の表情が、一気に青ざめた。

「あなた!!」

青年の肩には、血の気を失ってぐったりとしたレヴンが担がれていた。

 
レヴンが寝かされたベッドの周り。
一人の最上級の法衣をきた、村の最高神官と、ミレィの姿があった。

「聖職者の神、イアよ…我に力を貸して、このものを蝕みしものを浄化したまえ…」
ミレィの父、ジェイルが、ヘブンの体に手をかざし、魔法を唱える。

 ボォォォ…

ゆっくりと、レヴンの体は蒼い光に包まれていく…

落ち着いた表情で、魔法を唱えていくジェイル。

その手が、横たわる彼の心臓の上へきたとき…

「!? これは・・・」
落胆の声が漏れた。

「どうしたの!? パパ…」
心配そうに、駆け寄るミレィ。

「みろ…彼の心臓の辺りにかかるもやを…」
ジェイルは、娘に顔色を見られないように俯きながらいった。

蒼い光に照らされる彼の体、その心臓の上に…黒い炎が踊っていた。

まるで意思も持つかのように…命を削り取り燃える黒い火炎。

 ・・・まるで…、命を燃やし尽くしてるよう… いや! そんなはずないでしょう!?

「!? なんなのこれ!? ねぇ!」


ジェイルの肩を、彼女は力いっぱいゆすった。

次の言葉を…催促していた。

自分の悪い予感がはずれてるといってもらいたかった。

「…そいつの名は…“黒死病”一晩のうちに命を絶つという…不治の病じゃ…」」

 ガタッ

彼女は、その場に崩れ落ちた。

「うそ…うそでしょう!?」

「ミレィ…お前の悲しみはよくわかる…
まさか、こんな奇病が…彼を襲うとは…ワシの自慢の婿だったのに…」
彼は、号泣する娘に手を沿え、涙を流した。

「うそよ!そんなのみとめない、どいて!」

 ドンッ、

ミレィは、涙を腕で拭きながらジェイルを突き飛ばし、レヴンの真正面にたった。

 お願い…私の命を削ってでもいい…彼を助けてください。神様…!!

「あああああ、 “リザレクション”!!」

 バァアアアア!!

強烈な風とともに、光がその部屋をつつみこむ。

膨大な量の治癒の力が、彼女の手に集まり、レヴンへとそそがれていく。

反動で、彼女の体からは所々から皮膚が裂け、血が吹き出る。

「これ!やめろミレィ!!」

「神様ぁあああ、お願い…!!」
傷など気にも留めず、渾身の力で治癒の魔力を送り続ける。

もはや、自分の腕も、カラダも、
血まみれになりつつも…それでも彼女は治癒の力を使う

 ドンッ!!

ジェイルが、ミレィをつきとばした。

部屋を包んでいた光りと突風が収まる。

のこったのは、重々しい空気だけ…。

「うっ…、どうしてじゃまするのよ!!」
彼女は、ヒステリックに叫んでいた。

「病魔には…我々の魔力も…無意味なんじゃよ…」
彼女に治癒の力を送りながら、諭すように、泣きそうな顔をして彼女に話した。

彼女の背中を擦りながら…

「今晩が山じゃ…我々にできるのは神に祈るのみ。ワシも今からミルレス神殿に戻る…」
ジェイルが、重い足取りででていった。

「うっ…、レヴン。ずっと一緒にいてくれるっていったじゃない…うわぁあああん」
ミレィは、レヴンにとりすがって、ずっとずっと泣いていた。