第十話〜回りだす運命の歯車〜



闇に覆われたルアスの町を月が上空から照らし出す。
いま、眠りに着いたその町の路地に、3つの影が浮かび上がる。

「…で、私に何か用かしら?」
ティアはロングソードを構えながら、その“深き影”と対峙している。
闇に溶け込みそうなその黒い服装…みるからに、普通の冒険者ではないわね…。

「な〜に、お前には用はないんだよ、女にはな」

全身を漆黒のマントでつつみ、深いフードを被っている男達。
その、背の低いほうの男が答える。

「…男のガキはどこにいる?」
もう一人の男も聞いてくる。

「…その男のこに、何の用かしら?」
私は、威嚇するような眼でにらめつけながら言った。剣を持つ手に力がこもっている。

いつでも攻撃できるように、自然に体が構えを取る。

「あんたには関係ない、しかしあいつは必要なのさ〜」
ガキっぽい声…、中身はまだ子供ね。

「…素直に教えたほうが身のためだ。
後10秒やる、それまでに死ぬか、居場所をはくか決めろ」

…どっちも拒否。

「どうしても、やるっていうのね? いいわ、相手になってあげる!」

 ゴォォォォ!

彼女の体から、闘気が渦を巻いて立ち上がる。

並の人間のプレッシャーじゃない、そこらの男など完全に凌駕する。

 先手、必勝!

「はぁああ!!」
彼女は剣を横に構え、背の高い男へと走り出す。

そして、全身の筋肉の力をうまく剣に乗せながら、一閃する。
体より溢れた闘気が、剣にまとわりつき、青白く光を放つ。

“ルナスラッシュ”

とても早い一閃が、男へと向かってゆく。
男は、武器を取り出すでも、避けようともしない。

 …とらえた!

 ガンッツ!!

「!?」

男は指先で、その剣をつまんでいた。
剣を固定され、至近距離で向き合う二人。

「くっ…」
「ふ、甘いな。 その程度っでは俺にはかてん」

目の前で、低い男の声が夜の空気を震わせる。

 クッ…、けど、まだよ!

私は、つかまれていない左手を、男にむけ、一気に魔力を集中させる。
集められた魔力は渦を巻き、掌のうえで球となりゆっくりと回転している。

「くらいなさい…“フレアバースト”!!」

私は、それを男に投げつけた。
男に向かうまでに、それは巨大な火球へと姿を変えていく!

 ドゴォォォォン!!

男とティアの間に、凄まじい閃光とともに強烈な炎が吹き荒れる。
爆風で、ティアはとばされ、膝をついた。

「つ…、これで少しは…   !?」

爆煙がはれたそこには、男が紫に光るシールドを張っていたのがみえる。
妖しく光るそれは、爆風がおわると、溶けいるように消えていった。

「フ…だから無駄だというのだ」
男はまったくの無傷…私の魔法を跳ね返した!?

「しかし、戦士がなんで魔法なんか使えるんだ?」
驚きながら、背の低い影が声を上げる。

「…よく、感じ取れ、あの娘、凄まじい魔力を持っている…」

…この男、頭も切れるわね。

「へぇ…聞き出すついでにおっちゃんに持って帰るか。いい研究材料になりそ〜だし。」


研究材料…!?

冗談じゃないわよ!

敵わないなら…今は逃げるのみ!

 ダッ!!

ティアは男と反対方向に駆け出した。

「あ、にげるぞあいつ!」
「追うぞ、逃すな!」

宙をすべるように、男二人もついてくる。

…まるで鬼ごっこね。

捕まったら鬼交代…なんかじゃすまないだろうけど。

あ〜、もうしつこいったら!




「ハァハァ」
ティアの口から荒い息が漏れる。

彼女の額からこぼれた汗が、
光ながらルアスの石できれいに舗装された地面にしみこんでいく。

くっ…まだついてきているの、あいつら。

どのくらい、夜のルアスの街を走っただろうか。

それでも、二人の男は軽々とはしってついてくる。

「段々と鈍くなってきたな、鬼ごっこもそろそろおしまいか〜?」

顔は見えてないけど、わかる。
絶対笑いながら私を追っている。

私はただ闇雲に走った。
次の路地を右に…!

「あ…」
しかし、絶句した。

 うそ…、こんなときに行き止まり。 目の前は高い城壁…絶望的ね。

「フ…これでおわりのようだな。大人しく我等と来い。」

男が近づいてくる。一歩、一歩・・・

その時。

「抵抗もそれまでのようだな…そろそろ俺の出番のようだ」

突然、違う男の声が響いた、頭上から。
みると、高い城壁の上に男が立って、みおろしている。

短い黒髪が風にあおられ揺れている。

「なんだてめぇは!」
フードの男が怒声を上げる。

「…運命の導きにより、あんたの力になろう、赤髪の少女よ。」
フードの男を無視して、その男は私に話しかける。

 スタッ!!

男が、城壁から飛び降り、私の横に音もなく着地した。

近づいてきていた“影”が、うしろへ飛びのき距離をとった。

 ドゴオオオ!!

彼が、後ろ蹴りで城壁を軽くけると、
轟音とともに城壁に亀裂が入り、人一人通れる穴が開いた。

「ここから、あんたは逃げろ。」
振り向かず、その男は私に言った。

青と白が入り混じった胴に、
金の縁取りがされた白いマントをはおい、背中には巨大な剣の柄。
そして、眼から下に黒い布を巻いた男。

「…あなたは…?  なぜ私を助けるの? 」
私は思わず話しかけていた。

 この雰囲気…、敵とも見方ともとれないこの空気…。

「我が名は…ヘブン。全ては運命の神の導き。
俺自身にもわからぬが…聞きたいこともある。この場は助けてやる。」

…なぜ助けてくれるのか知らないけど、今はいかせてもらうわ。

私は、その場から逃げ去った。


「てめぇ、よくも邪魔を! 何のつもりだ?」
男の割には高い、子供っぽい声が響く。

「最初から知って邪魔をするとは…死にたいようだな…」
いっぽう、こちらは低く、殺気を感じさせる。

フードの男達は、武器を構えた。
背の低い、幼い男はナックルを、そして、冷静な背の高い男はムチを。

夜の大気に凄まじい殺気が、ヘブンに放たれている。

並の人間なら、恐怖で死をも望むだろう。

「どうしても、かかってくるなら相手になってやろう」

それに対して、ヘブンはまったく構えを取らない。
マントに両腕をつっこんだまま、それでもティアと彼らの前に立ちふさがる。

隙だらけといっても過言ではないだろう。

「俺達をなめるな、くらえ“炎の拳”」

ものすごい勢いで、ナックルをもつ男が突っ込んでくる。
そして、両腕に紅い炎が揺らめく、そして、爆発の勢いを込めた拳が乱れ飛ぶ!!

猛烈な炎の塊が飛来しているように見えただろう。

 ドガァアア!!

吹っ飛ぶ音がする、しかし飛ばされたのはナックルをつけた男。

 ヘブンは一歩もその場から動いていない。

「なっ…」
驚愕の表情をうかべる、無理もない、ヘブンが動くのを、彼は見えさえしなかった。

しかし、確実に腹に強烈なダメージを受け、ふきとばされた。
その衝撃で、頭はくらっとして、立てないでいる。

…ち、内臓が少しいかれたか…

彼らが交差する瞬間、ヘブンは男の拳を全て見切り。
 高速でかわしながら腹に強烈な蹴撃をはなっていた。

その一撃で、彼は10メートル以上吹っ飛ばされたのである。

「…おまえは、動きに無駄がありすぎる。」
呟くような声が聞こえた。

「ほぉ、ならばこちらもみてもらおう。」

 シュンシュンシュン

ヘブンの頭上、ムチが分身するように高速で蠢き、
ヘブンの立っている床や城壁を激しく削り、粉塵をまきあげた。

 シュタッ。

地面に着地し、粉塵が晴れるのを確認する男。
手ごたえはムチを通じて感じていた。

しかし…徐々に晴れていく粉塵の中、
ヘブンはその場に動かず立っていた。まったくの無傷で。

「これをも防ぐか…」男が冷や汗を感じた。

その瞬間、男の視界は天と地が逆転していた。

 ズガガガ!!

頭から落下し、地面をすべる。

どうやら、どうなっかわからないが、
あの男が一瞬で移動し、首に回し蹴りをくらわせたようだ。

…しばらくの沈黙が支配する。

月夜に照らし出される、倒れている男二人に、それを見下す男が一人。

男達は、感じたこともない恐怖におびえていた。

圧倒的過ぎるその力に…。

「…お前達に用はない、さっさと俺の目の前からきえろ!」
吐き気を催すほどの殺気が伝わってくる。

「くっ…この場はひくとする。」
男達二人は、夜のルアスから消え去った。

「…これでいいのか?」
男は虚空に話しかけている?

いや、隣に何かがいる、黄金の光を放ち、宙に浮く…翼の生えた女。

「ええ…、彼女は、のちのち、貴方の使命ととても深い関係を持つわ。
 運命の歯車は今、廻りはじめた…」