WILD CRUSHERS 〜盗賊の極意〜 「俺はもう一生狩りなんか行かないからな」 ベッドの上に片膝を立てて、座った青年は、むっつりとそう呟いた。 「行けないの間違いじゃないのか?」 そう返したのは、炊事場でなにやら調理をしている、やはり同じくらいの年頃の青年。 「馬鹿言え。おれのような敏腕の盗賊が行けないなんて事があるか」 「シーザー、知っているか?最近ルアスでは、敏腕と書いてなまけものと読むそうだ」 調理を終えた青年が食卓に配膳を始める。 年は二十歳過ぎくらい。賢そうな顔つきで、短髪の黒髪に盗賊用の服を着ている。 その様子を見て、ようやくシーザーと呼ばれたベッドの上の青年もやってくる。 こちらも同じような盗賊用の服に、銀の短い髪。 精悍そうな顔つきだが、食卓を見てその顔は引きつった。 「なんじゃこりゃ・・・・・・おい、ジャック」 「今日の夕食」 と、ジャックと呼ばれた青年が、配膳を終えて席に着いて答える。 「じゃなくて・・・・・・ッ」 「だから・・・・・・ノカン肉のステーキ、ノカン肉の煮物、 ノカン肉のサラダ、ディドスープ、デザートのノカン肉」 「・・・・・・」 「モス酒もあるが」 「いらんッ」 そう言いつつも、おとなしくノカンフルコース料理を平らげ始める二人であった。 シーザーとジャックは、ルアスの民家を借りて二人で住んでいる盗賊だ。 盗賊として駆け出しだった頃に知り合った二人は、 気の合う仲間というより、喧嘩の絶えない腐れ縁であった。 シーザーは昔から足の速さで有名で、疾風一陣の異名を誇ったことすらある。 しかし、戦闘においてはたいていの場合、逃走の術として使用されていたため、 大層な異名は不名誉な異名なのだという人もいる。 その上、彼はジャックと出会う前は、狩りへ行く日は一人、 狩りへ行かない日は二人のペースで女性を落としていた。 マイソシアの人口の約半数は女性だから、彼の夜の趣味は尽きるところを知らない。 「逃げ足が速いだけの色男」等というのは、 彼という人間を知らない者の単なるひがみに過ぎないが、事実の一片を捉えてはいる。 どちらにせよ彼の実力は確かであり、 彼を中傷する者ですらそのことだけは認めざるを得なかった。 ジャックは、シーザーとは正反対に女性関係に関しては潔白・・・・・・ と言うよりは無関心で、女性の方から声をかけられても素っ気なく対応してしまう。 頭の切れる事で有名で、冷静沈着、かつ冷静であったが、 冷徹すぎる点が、常に周りの嫌悪をかっていた。 さらに、彼には冷笑癖があり、重度の毒舌家であったため、彼と組みたがる者はいない。 この二人、どこから見ても立派な悪党コンビだ。 増して、互いに互いの悪所を心底嫌っていたため、喧嘩の絶えるところがない。 といっても、喧嘩の主な理由は、シーザーの女癖の悪さから来るものだったし、 ジャックの毒舌は常に鋭かったから、たいてい口げんかというよりは、 ジャックが一方的に勝ってしまうのだが・・・・・・ それでも今日までやってこれたのだから、 それなりに仲は良いのだが、本人達は決して認めないだろう。 その二人が組み始めて数ヶ月が過ぎた頃、 彼らは50ヘルと呼ばれるレベルアップ難関所に達した。 ヘルに入るやいなや、彼らはディグバンカーの大空洞付近にあるノカンのテントの一つを占拠し、 ありったけの薬や食料を持ち込んで立てこもりを始めた。 テント生活を続けながら、おじさん狩りを続けること一週間。 頭を抱えたのはディグバンカーのノカン達である。 彼らは一匹一匹は弱いながらも、数でそれを補っていた。 よほどレベルの高い者でも来ない限り、 彼らの人海戦術ならぬノカン海戦術は常に一定の戦果を上げていた。 だが、テントを占拠されてしまったのは前代未聞の事件である。 とっても悪そうな顔をした盗賊が二人やってきたかと思うと、 あっという間に仲間は減っていく。 あちらこちらに仕掛けられた爆弾によりどんどんテントが爆破されていく、 見ている間にこちらにも爆弾が飛んでくる、気がつけばテントはほとんど壊滅状態。 仲間はみんな唖然としている。 それから一週間、ノカン達は一生懸命テントを立て直したが、 その間にも悪の盗賊二名によるノカン虐待は続いた。 一方、悪の盗賊にも不満があった。 せっかくヘル抜けのためにこんなテントまでやってきたというのに、 最初の大規模な攻撃がまずかったのか、ノカン達が逃げる・・・・・・。 彼らの顔を見るなり全速力で退散していく。 二人に逃げる者を追いかけて殴る趣味はなかったが、予定が狂うこと甚だしかった。 本来なら沸きまくるノカンを倒しまくってヘルを抜け、 さっさとこんな所からは引き上げる予定だったのに。 そして一週間がたった頃。 「平和だ」 シーザーがテントの入り口で見張りをしながら呟いた。 もっともこの頃になると、 彼らに挑戦してくる無謀なノカンもいなくなり、見張りなど必要ないのだが・・・・・・。 「いいことじゃないか」 焚き火で湯を沸かしながら返すジャック。 「つまらん。ここ二、三日戦闘もない、女もいない、 おまけに飯はノカン肉ばかり! おい、おれは何のために生きてるんだ?」 「テントに寝泊まりしてノカン肉を食うためだろ?」 「なわけあるかッ! だいたいお前といるといつも―――」 その台詞の続きは容易に予測されたが、それが彼の口から発せられることはなかった。 ノカンおじさんが二人のいるテントの前におそるおそる近づいてきたからである。 もしも、ノカンおじさんが両手を上げるのがあと半秒遅ければ、 今頃彼は雲の上で、先祖と再会できていたに違いない。 彼があわてて交戦の意がないことを示したのは、 一瞬で後ろに回ったシーザーが彼の背中にダガーを突き立てる寸前であった。 ノカンおじさんは涙ながらに語った。 今までここにやってきた冒険者達をいじめていたのは自分たちが悪かった。 心から謝罪し、今後はこのようなことのないようにつとめるから許して欲しいと。 二人が来てからというもの、すっかり若いノカン達が怯えきってしまい、 どうにもこうにもなりそうにないということ。 ノカン肉とディドスープを大量にあげるから、これを持って街へ帰って欲しいと。 話を聞いた彼らは、数秒の沈黙の後に同時に頭痛を起こし、 さらに数秒の後に同時にノカンおじさんの嘆願を快く了承した。 それは、彼らがノカン達に同情したためではなく、情けなくなったためである。 ノカンは凶暴だと聞いていた。 ディグバンカーに来た人間を低レベルの者から容赦なく袋だたきにしていると…。 だが、二人に討伐の意志はなく、 ただ、レベルを上げるためだけにここへ来ただけだったのだ。 おじさんが帰った数分後、彼らは少ない荷物を片づけ、ゲートを使って街へと帰還した。 それから数日・・・・・・彼らは未だ次の方針も立てぬまま、ルアスの自宅で無為の時を過ごしていた。 もちろん、毎日食事はノカンフルコースである。 「…で、結局ヘルは抜けるどころかまだ折り返しにも来てねぇんだよな・・・・・・」 つべこべ言いながらフルコースを食べてしまったシーザー。 「あれ以来、どこにも狩りに行く気がしないしな・・・・・・」 食器を片づけながらぼやくジャック。 かつて彼らがこれほど意気消沈したことがあったろうか。 彼らの家のドアが遠慮がちにノックされたのは、そんな時だった。 彼らの家にやってきたのは十代前半の少年。 青く、短い髪によく似合う赤いバンダナをして、駆け出しの聖職者が着る黒い服を着ていた。 「あ、あのッ・・・・・・えと・・・・・・」 この少年、家に来てからずっとこの調子である。何かを言いそうで言わない。 テーブルに向かい合って座ったまま、取調室のような空気が続いている。 こんな時、シーザーがしびれを切らす前に、気をきかせて茶を出すのもジャックの仕事だ。 「どうぞ」 接客には不向きなジャックだったが、少年にとってはかなりの救いであったようだ。 彼が出したお茶をどもりながら礼を言うと一気に飲み干し、 次の瞬間、二人が耳を疑うようなことを口走った。 「僕・・・・・・ぼく、シーザーさんの弟子になりたいんですッ!!」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 三秒の後、最初に沈黙を破ったのはシーザーであった。 「アホか」 半眼で茶を飲みながら言い捨てるシーザー。 「君、まだ若いんだから、人生を粗末にしない方がいいよ」 ジャックはシーザーの隣に座り、少年にの為を心から思って進言した。 「まったくだ。おれの真似をしようだなんて・・・・・・まったくもって馬鹿げている。 天才は模倣の対象にはならないからな。 才能のない者がおれの真似をするなど不可能だ」 まじめな眼をしてこんな事を言うのだから、シーザーの悪評はなくならない。 「すまないね。こいつは子供の頃に天才と莫迦の単語の意味を逆に教わったらしいんだ」 「はぁ・・・・・・」 このやりとりは、むしろ少年の緊張をほぐしたようで、彼はいろいろなことを語り始めた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 続く(といいなぁ・・・・・・)
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