第一話「王都陥落」


ここマイソシアは大きく、西の湖畔都市スオミ、

さらにその北には聖職者協会の本拠地ミルレス、

内陸部には王都ルアス、盗賊ギルドの本拠地ルケシオン、

さらに東に砂漠の町サラセン、と五つの領土に分かれている。


そして今マイソシアは、
これらの領土が大陸全土を巻き込み、
ぶつかりあった未曾有の大戦から、
ようやく復興の兆しが見えてきたところだった。

ここはその中でももっとも繁栄した都市、王都ルアスの外城門である。

茶色いローブに身を包んだ一人の青年が門番と思われる男と口論している。

「だから俺は女王陛下の知り合いだって言ってるだろ、いいから取り次いでみてくれ」
「ならん、そのようなみすぼらしい姿の物が陛下の知り合いなはずがない」

「くそ・・・石頭が・・・」

青年が門番と言い合っていると、
後ろからいかにも重そうな武装に身を固めた戦士の一団がやってきた。

その鎧は所々に傷があり、彼らが歴戦の兵であることを物語っている。

その中で一人だけ白を基調としたローブに身を包み、
青い髪を肩まで伸ばした女性が青年と門番のやり取りを聞いて前に進み出た。

「ご苦労様、この人はわたしの知り合いです。通してあげてください」
「セレス様!お帰りになられたのですか?するとこの男はあの・・・」
「あぁ、俺がロイド=クリムゾンだ・・・」

「申し訳ありませんでした!どうぞお通り下さい!」

「やれやれ・・・
なんで救国の英雄の俺が知られてなくて、お前が知られてるんだ?非常に理不尽だと思うぞ」

「たぶんわたしはほとんど毎日お城に行ってたからだよ、
ロイド全然お城に顔出さないもん」

「仕方ないだろ・・・城に来ると憂鬱になるんだ・・・」

そういってロイドは城の庭で訓練する近衛騎士団のほうに視線をむける。

そこでは青と白を基調にしたよろいに身を包んだ騎士たちが槍や騎乗の訓練に励み、
団長と思われる茶髪の小柄な青年がいすに座り、それを監督していた。

・・・というより監督する振りをしてさぼっていた。

「あんなやつが騎士団の団長かと思うと俺は・・・はぁ・・・」
するとその様子に気づいた団長が椅子から立ち上がり近寄ってきた。
その立ち居振る舞いは、もはや騎士団団長のそれとは到底思えない。

「よぉロイドじゃねぇか、そんなやる気のないため息つくなんて・・・
帰ってきて早々いやなことでもあったか?」
「あぁ・・・あったさ・・・キース、お前もうちょっとやる気出したらどうだ?」

「ん?まぁそのうちなぁ〜・・・時が来ればって奴さ」
「はぁ・・・それじゃあ俺は女王様に挨拶にいってくるからな・・・」

「あっとそうだった・・・多分レティシアからも聞かされると思うけど、
今夜城で舞踏会があるから、少しぐらい顔出せよな」
「あぁ・・・わかったよ」

ロイドは脱力しきった声で軽く挨拶をかわしてそのまま謁見の間に向かった。

「ふぅ・・・ここでも俺は同じ問答をするのか・・・」
謁見の間についたロイドはまたも守衛によって呼び止められていた。
後ろではセレスが苦笑いをしている。

「おい、そこのお前、どうやって城に入った」
「だから俺は・・・」

言いかけたところで謁見の間から今度は別の救済の声がした。

「その人は私の知り合いよ。通しなさい。」

よく通る声にたじろぎながら、門番はしぶしぶといった感じでロイドを通した。

「ルアス王国第三師団団長ロイド=クリムゾン、
北方領土の魔物繁殖を平定してただいまもどりました」
「同じくセレスティナ=クレメンス、ただいまもどりました」

「ご苦労様、褒美と兵へのねぎらいの品は後で部下を通して手配させます」

長く伸びた黒い髪に冷たく澄んだ黒い瞳をもった女王は、
そこまでいうと声に親しみをこめて切り出した。

彼女はいかなるときでも公私混同はしない、
だから私事を口にするときはそのように振舞うのだ。

「それはともかく今夜城で舞踏会があるの、セレスとロイドもきてくれるわよね?」

「キースから聞いたよ、セレスはどうするんだ?」

「もちろん行くよ〜、ロイドも来るんだよね?」

「仕方ないな・・・」

「そういうことだから。じゃあねセレス、また夜に。
それとロイドも夜までにはその格好何とかしてきなさいよ」

「あぁ・・・」

「じゃあねレティシア〜」

簡単な挨拶を済ませて二人は謁見の間を後にした。

そして夜、煌びやかなシャンデリアの光の下でパーティーが開かれていた。

「ちょっとキース!あんたもうちょっと静かにしなさいよ!」

「いやこれまじでうまいって、レティシアもいるか?」

「いらないわよ、バカ!」

「まぁまぁレティシア・・・」

ロイドは三人の場違いな・・・
だが普段通りのやり取りを見守った後、
その奥に同じく三人を見ている見知った顔をみつけて声をかけた。

「よぉ、ミリアさんが来てるとはおもわなかったぜ」
「あ、ロイドさんこんばんは〜」

そう答えながらロイドに微笑みかえすこの女性は
ルアス王国の良家、ルージュ家の長女でルアス王国軍務宰相兼外務大臣・・・

つまり王国の軍部を統括し、外交もこなし、
有事には作戦参謀もつとめるという多忙な女性であった。

茶色の髪にこの時代では珍しい赤いリボンをつけているが、
この女性には不思議とそれが似合うなとロビンは思った。

「どうした?ミリアさん顔色わるいぜ?」
「えぇ・・・ここのところマイソシア騒乱の諸条約の締結とか、
ぼろぼろになった軍部の再編で忙しかったですから」

「そっか・・・あんまり無茶するなよ、
ミリアさんはこの国になくちゃならない人なんだから」

「はい、でもそれも大分片付いてきましたから」
ミリアがそう微笑み返したとき

ドーン!

地鳴りがするほどの大きな音に続いてパーティー会場の一角から悲鳴があがった。

「え・・・なんですか?」
「どうしたっていうんだ!?」

悲鳴のした方をみると、鎧に身を包んだ・・・

しかし人ではない異形のものが、
パーティーに招待されていた客たちを蹂躙していた。

「ウェンディゴ!?どうしてそんな魔物がこんなところにいるんだ!?」

そう叫びながらも腰に差した剣に手を伸ばし魔物の群れに前傾姿勢をとった。
ちなみにこの晩餐会ではVIPに限り、ファッションの一部として帯刀が許されている。

「くそっ!考えてる暇はない!数は15・・・いや16か!」
「ミリアも魔法で援護します!」

ミリアの放ったファイアボールを盾にウェンディゴの群れに突っ込み、
最前列にいた一匹を一太刀で切り伏せ、
続けざまにファイアボールの命中した奥のウェンディゴも一刀両断にする。

「くそ!数が多すぎる!」
歯噛みするロイドの後ろからキースの声がする。

「おいロイド!そいつらにはまだ後続がいる!抜け道から逃げるぞ!」
「抜け道?そんなもんなんでお前が知ってるんだ?」

「俺はここの近衛だぜ?いいから早く来い!」
「くそ・・・ミリアさんも早く!」
「はい!」

「もうもたないよ〜」
「キースのバカはいつまでもどってこないのよ!」

抜け道の前で結界をはって耐えるセレスと、
レティシアの魔力はほとんど限界に近づいていた。

「ほんとにもうもたないよ〜」
「セレス!あんたも情けない声ださない!」

「おーいレティシアー」
「やっと来たわね・・・遅いわよバカ!」

到着早々怒鳴られてびびるキースをよそに、
ロイドは結界に張り付いていた数匹のウェンディゴを手早く蹴散らして言った。

「しかしこの数がここにいるんだ・・・
抜け道を出た先に敵が待ち伏せしてるって可能性もあるんじゃないのか?」
「心配無用、このキース様が先にいってみてきてやるから大丈夫」

「いや・・・言っちゃ悪いがお前は素人に毛の生えたレベルだぞ・・・本当に大丈夫か?」
「問題ないって!それじゃあ行ってくるぜ。お前らは後からゆっくりついて来い」

「待ちなさいよキース!あんたみたいなのがいって敵が出たら殺されちゃうわよ!」

後ろから叫ぶレティシアに、キースは振り返らず、
手をヒラヒラと振って抜け道のなかへ消えていった。

「なんとかここまでこれたな・・・」
抜け道を出てしばらくすすみロイドが安堵のため息をつく。

「けれどわたし達これからどうすればいいんだろ・・・」
不安そうなセレスの声があがる。

そう、状況から見て事実上王都が陥落した今、
王都を取り返すにしろ戦力を蓄えるにしろ、どこかに身を寄せなければならない。

しかし現状マイソシアの諸国は、
先のマイソシア騒乱から完全に和解が済んだわけではなく。

特にスオミ盟約の盟主であるルアスが権威を失墜させたとあっては、
再び戦乱が起こる可能性まである。

その問いにレティシアは特に迷う風もなく答えた。

「モニカのいるスオミにいきましょう。そしてスオミ盟約の盟主をスオミに移すわ」
モニカはレティシアの妹であり、
先の騒乱でスオミに幽閉されていたところをロイドたちに助け出され、
その後スオミの代表を務めている。

「なるほど・・・モニカなら血筋も正統だ、新しい盟約の盟主になっても問題ねぇな」
「それにスオミにはミリアの弟のカシェルがいるし、何かと知り合いが多いわ」
「よし!そうと決まれば早速行こうぜ!」

目的地が決まりキースが意気揚々と歩き出し、レティシアやミリアもそれに続く。

そんな一行を見ながら一人寂しそうな表情を見せるロイドに気づき、
セレスは不思議そうに話かけた。

「どうしたの?ロイド」
「いや・・・あの子はまた利用されるんだな・・・」

「え?それってどういう・・・」
「いや、なんでもない、急がないとおいてかれるぜ」

「あ、まってよ〜」

ともあれ一行はモニカの治めるスオミに向かって歩き始めた。
これが神をも巻き込んだ後の天地戦争の最初の一幕であった。