第十一話「カシェル奮戦」その2


稲光が走る。

電撃を受けた兵士は吹き飛ばされ、
次いで放たれた炎に焼かれて灰と帰す。

「まだ・・・先頭は撤退できないのか・・・」
あせるカシェルの額からは、脂汗がにじみ出ている。
これまでに撃った魔法は大小合わせて50余り、
すでに魔力は底が見え始めていた。

「く・・・後ろに回りこまれるなよ!包囲されたらお終いだぞ!」
叫んで次の詠唱に入る。

『われ招く氷結の槍に慈悲はなし、汝に逃れるすべもなし・・・アイスランス』
放たれた氷の槍が、包囲を始めた部隊に向けて放たれる。

標的となった兵士は貫かれ、それによって他の兵士たちもたじろぐ。

「まだか・・・!」
すでに体中のマナは枯渇し、体の感覚すら失われている。

(さすがにこれ以上マナを使うと体が壊死する・・・
これ以上マナは使えない・・・なら・・・)

敵の魔法を受け、すでに息も絶え絶えで横たわる味方兵士に手を添える。

「すまない・・・つらいだろうが、少しだけ力をわけてくれ」
「いえ・・・カシェル様のためなら、この身を捧げます」

自分の体内にある気を、相手にながす。

それに治癒効果はないが、
そのことで相手のマナがこちら側にながれこんでくる。

(体にマナがみなぎってくる。・・・まるで吸血鬼みたいだな・・・)

「すまない」
もはや息をしていない兵士に向かって一瞬黙祷する。

「僕はまだ死ぬわけには行かない!」
それは彼自身で決めたことだった。

自分で奇跡を起こすと決めたのだから、
どんなことがあっても自分は死んではいけない。

深呼吸をする。そしてゆっくりと目を開き

『来たれ焔よ、炎熱の風よ、我に応えて全ての影を焼き払え・・・ファイアストーム』
彼の知る最大の魔法を放った。

それは山の木々を焼き、彼にあだなす敵の兵士を見事に選別して焼きはらった。

「く・・・これだけの魔法はこたえるな・・・」
これが二度目の詠唱である。
これを使えば、かなりの敵を減らすことができる。

しかしそれによる負担は大きく、激しい頭痛がカシェルを襲う。

「ぐ・・・うぅ・・・」

吐き気にも似た痛みが頭に走る。
突然のマナの消費に体が喪失を訴えているのだ。

「ふぉっふぉっふぉ、若いものは修行がたりんのぉ・・・」
敵軍の中心からしわがれた老人の声がする。

「な・・・」
声とともにあらわれた老人は、紛れもなく老人であった。

しかしただの老人ではない。

体からはカシェルにもわかるほど瘴気が放たれており、
それだけで吐き気を催すほどだ。

紫のローブに身を包み、
伸びきった白髪に白い髭、白い眉毛の下には赤い瞳が覗いている。

「どうした?わしが只者ではないことぐらいわかるじゃろ?ならば早くなんとかせぬか」
老人が口を動かす。そのたびに瘴気がもれる。

(ぐ・・・こっちはそれどころじゃ・・・)

「ふぉっふぉっふぉ、この程度の瘴気で音を上げるのか・・・まったく」
言って老人は右手を上げる。

パチン

軽やかに慣らされた指の音とともに、黒い異形が老人のローブから這い出てくる。

一つ目のそれは、舌なめずりをしながらこちらに向かって前進してくる。

「召喚!?」

それは神代の時にのみ行使された神の術であり、人が扱える業ではない。

「だが・・・所詮モンブリングだろ!」
叫んで氷の槍を放つ、それは見事に一つ目の異形を貫いた。

「ふぉっふぉっふぉ、なるほどのぉ、
これだけ持ちこたえたのはまぐれではないようじゃのぉ」
そういってまた右手をあげる。

パチン

指の音でまた次の影があらわれる。
しかし今度の影は先ほどより一回り大きく黒い翼を生やしている。

ストーンバットだ。しかも三匹。

「っ・・・」
息を呑む。それを駆逐することはたやすい。

傷だらけだとは言え、
ストーンバット三匹ならば、兵士と力を合わせればなんとでもなるだろう。

しかし、老人のキャパシティはこんなものではない。

おそらく彼は、この10倍は出せるだろう。

「そんな数・・・捌ききれない」
背後から撤退の合図が出される。

しかし、この場の誰一人として撤退することはしない。

ストーンバットは刻々と迫り、
これらを捌かずに撤退を始めることが、自殺であることを悟っているのだ。

あの老人に止めを刺さなければ無尽蔵にストーンバットは呼ばれ、
自分たちは蹂躙されるのみである。

「ほぉ・・・貴様の姉が心配するから来てやったが・・・
こんな面白いものを見れるとはな」
突然の背後の声に驚いて振りかえる。

その銀髪の男は黒のコートを着て、
この時代では珍しいめがねなんてものをつけていた。

「レオンさん!?どうしてここに!?」

「いやなに・・・賊風情がこの俺に土下座までして頼み込んだから、
来てやってみれば包囲寸前の死地、

少しはらがたって一度抜けた包囲をここまで戻ってきてみれば、
貴様が心配だとミリアに泣きつかれたというわけだ」
レオンと呼ばれた男はそう淡々と告げた。

信じがたいがこの男はミリアの許婚であり、加えて聖職者でもある。

すでに決まった結婚を、彼とミリアの同意のもとずるずる延ばしていたが、

それでも言い訳がきかなくなったので、
家出をしてルケシオンで私設軍隊のようなものを作り、
傭兵部隊の隊長のようなことをしていた。

といっても本人は戦場に出ることはなく、もっぱら人事だけを担当していたようだが。

「さて・・・このゲスどもを始末すればいいのかな?」
呟くように問いかける。

「え・・・あぁ」
そしてカシェルの返事を待たず

「ホーリービジュア」
神の光で黒い翼を焼いていた。

「ふん・・・他愛もない」
つまらなそうにつぶやいて老人をにらみつける。

「どうした、貴様の術はこれで終わりか?」

「これは恐れ入ったのぉ・・・まさかわしの天敵が現れるとは、
普通の聖職者では消せないはずなのじゃが・・・」

「それは当然だ。この俺をそこらのクズと一緒にするな」

「ふむ・・・なるほどのぉ。ならばここは引かせてもらうとするかの」
言って老人は自軍の奥へと引き下がっていく。

「待て!」
老人に意識を集中する。

この距離ならアイスランスでも、手傷を負わせることぐらいできるだろう。
しかし、それはレオンの言葉にさえぎられた。

「やめておけ・・・あれは人の手に負える代物ではない。
貴様がどうなろうと知ったことではないが、
貴様の姉に頼まれている以上むざむざ死なせるわけにはいかん」

「く・・・」
素直に引き下がるしかなかった。

「良い子だ。早く撤退を始めろ。
俺の部隊とミリアの部隊で援護する。撤退は問題なく成功する」

撤退は成功する。
ならばカシェルにはその道を選ぶことが最善だった。

カシェルは、だまって戦場をあとにした。

あの老人・・・人にあらざる魔老を生かしたことに不安を感じながら。