その4


「トラウマ?」

彼女――シリスが、紺色の眼でこっちを見上げてくる。

「そう。半年くらい前かな・・・・・・

あいつ、今まで一緒に組んでた聖職者を一人、亡くしてるんだ。」

「え――」

「その直後は、見てられないほどの落ち込み様だったよ。

今は――まぁ、マシなほうかな。」

彼女が、少しうつむいて黙り込む。

少しの間、沈黙が流れる。

すると、彼女が遠慮しながら口を開いた。

「ねぇ・・・・・・ハギリ君。」

「何?」

「少し・・・・・・言ってもいい?」

そう言った彼女の顔が、いつに無く真剣だった。

「・・・・・・ああ」

「あのね・・・・・・ごめん。りんご、忘れた・・・・・・」

「・・・・・・おい」






バコッ

今日何回目かわからない、鈍い音が辺りに響く。

「あーっ、もう!!」

淳が、先ほど殴り倒したプロブを探って叫んだ。

「なんでこいつら、ホロパだけ持ってないんだよ・・・・・・」

そう言いながら、ふてくされたようにその場に座り込む。

―――手元には、セイジリーフが13枚。

薬屋から頼まれたのは、こんな葉っぱではなくて、赤いホロパ。

「あんまり大声出すなよ・・・・・・プロブが逃げる。」

僕が小声で怒鳴ると、淳が軽くため息をついた。

「生えてる場所さえ、わかればなー・・・・・・」

「――それさえわかれば、こんな苦労しないよ・・・・・・」

僕もその場に座り込んだ。

すると――

「キャ─―!!動かないでっ!!」

遠くにピンキオを見つけ、立ち上がろうとした淳がビクッと反射的に止まる。

「なに・・・・・・」

「いい子ね、そう・・・そのまま動かないで・・・・・・」

どうやら、この声は僕らに向けられた訳ではないらしい。

二人で顔を見合わせ、音を立てないように近づいてみると、

すっかり腰を抜かしたような青髪の少女が、青い顔をして僕らを見上げてくる。

スタッフを握っている手が震えている。

―――――聖職者、か。

「どうしたの?」

僕が声をかけると、少女は、僕らからは茂みで隠れて見えない場所を指差す。

そこには、今にも飛び掛りそうなディストがいた。

それを見た淳が素手で殴り倒してやると、彼女がほっとした様に肩を下げる。

「君、レベルは?フライアローブ着てるくらいだから、ディストくらい倒せるでしょ?」
        ※1
「あ、倒せるには倒せるんだけど――ただ・・・・・・」

「ただ?」

「あの顔と声が気持ち悪くて!!」

そう言った彼女は、先程の恐怖を思い出したらしく、また泣きそうになっている。

「ああ、そう・・・・・・」

少し呆れたように、淳が彼女を見た。

「ま、気をつけ――」

そう言って、帰ろうとした時だった。

ピ――ンと、空気が冷たくなったような気がした。

何か――いる?

「あのっ!」

彼女が、立ち上がりながら言った。

どうやら、彼女はこの空気に気付いてないらしい。

「私、イアって言いま―――」

そこまで言ったとき、彼女が影で覆われた。

そして、その影の形を見た彼女の大きな緑色の瞳が、さらに大きく見開かれた。

――それは、また、僕ら二人も同じで。

なぜなら――

彼女の後ろには、今にもその骨のようなスタッフを振り下ろしそうな―――


ネクロケスタが、いたから。 


※1 フライアローブ:Lv11の聖職者の服。 ※2 ネクロケスタ:呪術士、どくろの仮面が特徴。サラセンダンジョンに主に出現。           地上では、レアネクロといわれ、その力は地下の比ではない。