第1話



ピン、と張り詰める空気。

お互い、着ている鎧は軽装。

持っている武器は、本物の凶器。


「な……に?」

ぼくが、アジトの隣にある空家のドアを開いた時、そんな光景が広がっていた。


片や、真っ赫な眼。

片や、構える気配は、人外の証。

殺人鬼同士の、殺し合い――。


そして


張り詰めた空気が、限界まで伸びきった時。

二人の姿は瞬時に掻き消えた。


「……え?」

思わずぼくは言葉を漏らす。

音だけ、鍔迫り合いの、微かな音だけしか聞こえなかった。

そして、立ち位置を逆にし、お互い背を向けた二人は、ようやく緊張を解いた。

「な……なにやってるんですか二人とも!?」

ぼくはヘルさんと蒼さんに、慌てて声をかけた。

「あ、ディカン。どうしたの?」

「それはこっちの台詞ですって。

いきなりあんなことやられたらから、寿命もう何年も縮まりましたよ……

まあ、いいですけど」

「ん」

にっこりと微笑まれた。

この笑みで、何度流されてきたことか。

一瞬少しだけ自分が情けなくなる。

「それで、実際のところ何してたんですか?」
「蒼に付き合ってもらって、ちょっと訓練、かな?」

首を微かにひねり、そう言った。

「て……。あれ、思いっきりルキアスさんじゃなかったです?」
「そうよ。でないと、本気の蒼に私が対峙できるわけないじゃないの」

当たり前のように事実を語るヘルさん。

「それは、そうですけど……。…蒼さーん」

何か大切なことを反論できず、仕方なく矛先を蒼さんに変える。

「何だ?」
「さっきのですよ。こんなところで眼赫くして、大丈夫なんですか?」

「ア? あの程度なら、心配いらねェよ。何回も連続して発動しなけりゃあな」

槍を肩に担ぎ、こちらへと歩いてくる蒼さん。

「そう言う問題ですか!?」
「そう言う問題だろ。それに、こいつの前じゃあ、もう暴走するこたァない」

少し照れくさそうに言う蒼さん。

…………意外、だ。

こんな蒼さん、蒼さんじゃあない。

「惚気ないの、蒼」

ヘルさんが、笑って言う。

そっぽを向く蒼さん。

なんと言うか。

平和な夫婦の図だ。

「で、ディカン。わざわざどうしたの?」
「あ、そうでした」

目的を忘れるところだった。ええっと。

「一応報告しておこうと思いまして。何か、臨時講師、やることになりました」
「講師? どこの?」

「ルアス騎士団附属騎士団養成学校、です。……やたら長い名前ですねぇ」

ぼくは手に持った紙切れを読む。

「……騎士団のお膝元、か。お前、なんでそんなところにコネがあるんだ?」
「まあ……、ちょっとした事情がありまして」

本当のところは全くちょっとした事情じゃないのだけれど。

先代、いや先々代の騎士団長が父親なんて、言えるわけがない。

「それで、わざわざ言いに来たのはどうして?」
「いえ、少し不安で……。何かアドバイスがないかなぁ、と」

「そうね……。たぶん私のところよりも、板さんに聞いた方がいいかもしれないわ。

私には通り一遍のことしか言えないけど、あの人ならきっと的確なモノをくれるわよ。

なんたって、昔は教師だったみたいだしね」

板さんが教師。

これまた初耳だけど。

「そうなんですか。分かりました、じゃあ板さんに聞いてみます」
「適当に頑張れよ」

励ましてるのか良く分からない蒼さんの言葉を聞きつつ、ぼくは扉を開け外に出た。