第7話



「それで、これからどうするんですか?」

ミレルが、目の前に座っている聖職者に尋ねる。

「そうだね、蒼紅のコンビは手を打っておいたから問題ないが」
「え? あの二人を、ですか」

「ああ。ちょっと死者に頑張ってもらってる」
「シシャ? 誰か使いでも出したんですか?」

「いや、その使者じゃないよ。まあ、君に分からなくても無理は無い。

とりあえず、十分にこちらは勝算がある」

苦笑する男。

「問題は、板だけだ。他のメンバーなど数にも入らない。

謳華用の切り札に、君をこちらに引き入れた。

ヘルギアにいたっては、ルキアスになる前に殺せばただの女に過ぎない。

その程度、こいつらにすらやれる」

ちらり、と視線を寄せる先はディカンを縛っている連中。

「他の連中は数にも数えられないのは承知のとおりだ。

新メンバーでいまだ実力が分からないディカンプールも、今や我々の手にある。

今日の時点で板が合流していたら、全ての目論見は外れていたが、一応こちらの計画が成功した。

こいつらを無理やり引き入れたかいがある。

ついでにあのリュープを釣れたのも中々素敵だな」

「それで、板さんはどうするんですか?」

「そうだね、正攻法じゃ無理だろう。魔術師の欠点を突くしかないだろうね」

「と言うと?」

「物量作戦。攻撃に長けている反面、守備に弱いんだよ、魔術師ってのは。

いかにロングレンジでは最強でも、近距離で攻撃を仕掛けられればこっちの勝ちだ。そして」

男は周りを見渡す。

「ここはこれだけ狭い場所だ。問題ない、大丈夫だ」

「なるほど。ところで」

「なんだい?」

「あなたはなぜ、それほどうちのギルドに敵対を?」

「なぜ──? ああ、動機とかそういう話か。でもね、ミレル君。

そんなもの、理由付けなんていくらでもできる。

ましてや僕が本当のことを語るわけもないだろう?

まあ、決着をつけたい、というのもあるけどね」

再び、空気が歪む。

「さて、次のお客様たちの降臨か。ギルドの残りの連中だな」


「なによ、これ…」
「デムピアス、だわね」

謳華が地面に広がっている敵の死骸を撫で、そう判断する。

カプリコ砦の最深奥、普段とは違った匂い、雰囲気があたりを占めている。

「何でこんなところに……?」
「それは愚問ではないですか、先生」

ユステラ兄弟の弟、

かつてヘルギアのやっていた個人診療所で助手をやっていたカイトが、そう答える。

「……? どうして?」

「集会のときおっしゃってたのはあなたじゃないですか。

ノカンを消滅させたら、ドロイカンが沸いた、と。

同様の理屈で考えれば、ここにデムピアスが生まれる理由も分からなくは無いです」

「なるほど、確かにね」

「そんなのはどうでもいいわ、ヘル。問題は、残された人たち、どこにいっちゃったの?」

「そうね……、どうしたのかしら」

一歩足を踏み込もうとしたヘル。

「ヘル、そのまま止まって」

「──なに?」

ヘルギアの足元に謳華はしゃがみこんだ。

そして地面に埋まっているリンクをとりだす。

「カレワラにまた飛ばされるところだったわよ。注意して、ここ罠だらけよ」

一見すると何も分からないが、謳華には違いがはっきりと見える。

そして、この罠を配置したものの悪意も。

「私が行けるところまで先に行くわ。この分だと、モンスターとか誰もいなさそうだし」

「分かったわ」

そして謳華は、一直線に丘の根元──あの封印石が埋まっている場所へとたどり着く。

「……ビンゴ。手がかり、会ったわよ。ヘル」

「何故、そこと分かったのですか? 謳華殿」。

「いい質問ね、テルル。
分かりやすく説明すれば、罠の密度がこっちに向かってどんどん増えてってるからよ」

そして、地面から一つのアイテムを引っ張り出した。

「そして、ここに罠じゃなくてただ置いてあるだけの、サラセンダンジョンリンク。

これが何を意味するのかしらね」

口元には笑みが浮かんでいる。獲物を視界に捕らえた、猛禽類のように。

「そうね、そろそろお仕置きの時間かしらね。そろそろ後手後手は飽き飽きしてきたもの」

ヘルギアの手に渡ったリンクが、魔力を発し効果を発動させた。

4人の姿はぶれ、そしてカプリコ砦には生命の灯が消えた。

「──!?」

「おや、まあ」

ヘルギアと謳華、二人の視点はお互いに違うものだったが、共に感じたのは驚きだっただろう。

血まみれになったディカンと、荒っぽい男たちの一列にいるミレル。

「まあ、いろいろと聞きたいこともあるけれどね。とりあえず、──ミレル」

「し、師匠…」

傍で見て分かるほど、ミレルの足は震えている。

理想と現実のギャップは、ここまで厳しい。

「私の可愛い弟子だから、バカとは思っちゃいないし、理由があるんだろうけどね」

空気が、凍りつく。

「一つ聞かせてくれる? それで、どうするの?」

ミレルは、答えられない。

「あんた、私の弟子になって3年? いやもっと、確か4年はたってたわね。

それで、私、いや私たちに敵対した者共の末路を忘れたなんて、言わないわよね?」

ミレルは、答えられない。

「まあ、そのへんは何でもいいわ。とりあえず一つ言わせてもらうわよ。

あんたは、この私に逆らった。私を怒らせた。

あんたがまだ少年で、修道士を目指していたころから言い続けてきたわよね。

私から独立してもいいし、私と敵対することになってもいい。

私を殺すことになってもいいし、私を踏み台にするのもかまわない。

だけど、どんなことがあっても私を怒らせるな、と」

ミレルは、何も答えられない。

「これは、明らかに怒るわよ。それで、そこまでして──、どうするの?」

「そこまでにしてくれるかな、謳歌君」

「だれ、あんたは? 人ん家の争いに首を突っ込まないでくれる?」

「そうもいかないよ。この前までは彼は君のモノだったかもしれないが、

今は僕が身柄を預けてもらっている立場だ。彼をかばうのは僕の義務だよ」

「そう。まあ、誰でもいいわ。代わりにあんたに答えてもらうわ。

で、この落とし前、どうつけてくれるの?」

「そうだね」

あごに手を乗せ、考えるふりをする聖職者。

「まあ、君たちには死んでもらうよ」

男が指を振り、それを合図に待機していた数々が4人めがけて突っ込んできた。

「不利ね。ヘル、外に出るわよ。ユステラ兄弟! 先に行って」

「了解!」

マシンガンのように連射されるキックが、敵の数を着実に減らしていく。

だがその打撃音が、男から漏れた声を、遮断した。

「……発動」


「結局当たりは、サラセンダンジョンか」

「そうだな。随分と連中もまわりくどく罠を張ってたみたいだ」

「アレにかかっちゃ、どうしようもないんだけどね。

だけどアレに貸しは作りたくなかったんだよね、正直」

「すまない」

「ま、気にしないでくれ。僕が動いたことだしね」

「ああ、そう言えばさっきの彼女」

「誰かって? うちのギルドにいる、ミレル君という修道士の奥さんだよ」

「あの雰囲気は新婚さんだね。でもなんであんなところに?」

「さあ、まあアレに預けておいたからそれほど問題にはならないだろう」

そう言って板は進んできた方向を振り返った。

「──さて、準備はいい?」

「ああ、本当に礼を言うよ、板」

苦笑して板は答える。

「無事に終わってから礼は聞くよ。じゃあ、飛ぶよ」

こくりとうなずくリュープ。

二人の姿は瞬時に掻き消えた。



そして、軸は交錯する。

糸の解れは解け、時は前へと進みだす──