第12話



「全く。キミともあろうヒトがどうしたんだい?

ボクのことを頼るなんて、ボクのことを嫌いになったんじゃないのかナ?」

「……気のせいだとは思うけどね」

目を覚ました板は、少し上体を起こし目の前にいる魔術師に視線を合わせる。

「で、ここはルアスかい? カレワラ町かい?」

「あれ? 分かる? できるだけキミのギルドの部屋に似せたつもりだったんだけど」

窓からはルアス特有の微妙に光る路上が見える。

「……残念だけど、ルアスはここまで寒くないよ」

「あっちゃー。そんなのは盲点だった」

窓にかけた特殊な紙らしきものをはがす魔術師。

「……なんだい、それ?」
「まあ、秘密の用紙だ」

「原理は?」
「秘密だ」

「……」
「ま、そんなどちらかといえばどうでもいいコトは置いといて」

少しまじめな顔になり、魔術師は板のほうを向く。

「今回は、あれからどうしたんだい?

連絡を受けてよろこ……いやいや、とりあえず飛んでみたら、死体が6つと来たからね。

さすがのボクもこれにはびっくりだよ。後少し遅かったらどうなっていたことか」

「どうなってた?」

「そろって共同墓地行き。

まあ、葬ってあげるくらいはしてあげたかな。

で、しかもその死体、みんな体中爆弾で吹っ飛ばされたような跡。

一番ひどかったのはキミだ。いったい、何したんだ?」

ベッドの布団から手を出し、わきわきと握る板。

ほんの少しばかり違和感があるが、問題なく動いている。

「ああ、自分の真上にメテオを落としたんだ」

「へぇ、そう。……で、このしち面倒くさかった治療代、貸しひとつでいいのかな?」

「6人いるから、貸し6つかい?」

視線を横に向けると、紅、蒼、それにヘルギアと謳華、リュープもいる。

「いんにゃ。1つでいいさ。その代わり、今度の実験に手伝ってもらうよ」

ふふふ、と笑う魔術師。ひたすら不気味だ。

「ところで、これどうやって治したんだい?」
「聞きたいかい?」

「後学のために、かな」
「ほほう。それはそれはとても勉強熱心ですな。破戒の板どの」

「…………で、どうやったんだい?」

ペースが相当乱れている板。

苦手に思うのも、所以あってのことなのかもしれない。

「これ使った」

手に取っているのは緑色の、それはそれは見たくも触りたくも無い液体。

「いつも思うんだが……、その怪しげな色はわざとかい?」
「聞きたいかな? キミのことを思って聞いているんだが」

「……ならいい。続きを聞かせてくれないか? それ、かなりの治療薬かい?」

ふむ、とうなづき、魔術師は机の上に瓶をおいた。

「まさか。そんなすごい物ができたら、こんなせまっちい町なんか見捨ててるさ。
これの効能は、簡単に言えばタイムスリップさせる」

「タイムスリップ?」
「そ。これをたとえば…そうだね。こいつにかける」

そこには、割れたままの窓ガラスがあった。

薬をかぶった瞬間、窓ガラスの破片が何処からか集まり、元の一枚のガラスが出来上がる。

そして、ぴちっと窓枠にはまった。

「……相変わらず奇妙なものを作るね」

「奇妙な行動しかしないキミに言われる謂れはないよ。

で、これをキミたちの死体の上にぶっ掛けただけ。

おおよそ、二日前ほどの肉体のはずだ」

「ほう。というとこの体は二日前のものかね? なら、なぜ記憶は残っているのかね?」

「さあ。そんなことボクに聞かれても」

肩をすくめる魔術師。

「だって、これ試作品だったし。どうせそんなことだろうと思ってたんでしょ? ならいいじゃない」

溜息をつき、それで返事とする板。

「ああ、でキミたちが見事に巻き込まれた事件。何とかケリつけたの?」

「……たぶん、ね。首謀者は倒せたはずだし、奪われた人間も取り返した。

蒼君の暴走まで起こさせられたのは、予定外だったけどね……」

「そうそう。カプリコ砦で何があったの?」

「カプリコ砦? それは僕は知らないよ」

ふうん、とうなづく魔術師。

「あそこにデムピアスが出たなんて怪情報があってね。ちょっと不安に思っただけサ」

「まあ、真実なら彼らが何とかしてくれてるだろう」

視線を向けるは、安らかに眠っている5人。

「伝説の4人組(レジェンド・カルテット)も形無しだね。

たった一人の殺人鬼の降臨で、全て止まるなんてね」

「伝説だからって、最強じゃないし最悪じゃないさ。最悪をとめられるのは対極の存在だけだよ」


 「つまり、最高?」

 「いや、最低さ」


数日後。

6人は経過良く回復しているみたいだ。

サラセンダンジョンで待っていた僕らは、あの後不安になり、

板さんの知り合いだというカレワラの魔術師を呼びにいった。

それが結果的に最適の選択だったみたいで、全員命は助かったとか。

「それで、ヘルさん。カプリコ砦はどうしたんですか?」

「ああ、あの壊れた封印石は治したわ。リカバリ唱えて、騎士団に預けてきたわよ」

「へぇ……結局、今回の何だったんですかね」

「さあ、ね。誰も真相が分からないなら、分からないままが一番なのかもしれない。

私たちの目に見える範囲で物語を語っていくのが、私たちのできる人生、というものかもしれないのよ。

ディカン」

妙に意味深なことを言うヘルさん。

あれから、ギルドメンバーはほとんどここにいない。

蒼さんは、今回のことでかなり責任を感じているみたいだ。

ひとりサラセン町の闘技場に篭もり、中にいる人間を相手に日々戦っているらしい。

謳華さんは、弟子のミレルさんを鍛えなおすと言って、地獄の訓練中だ。

あのあとの謳華さんは本当に怖かった。

まわり3人でとめてなければ、ミレルさん、死んでいたかもしれない。

でも、奥さんを人質にとられていたらしいので、ぼくは無理も無いとは思う。

リュープさんも、弟子を止められなかった自分にも責任があるとか何とかで、

二人で狩りを行っているらしい。

平和が、一番だろう。

そうそう、リュープさんのお弟子さんのコーウェンさん。

実は板さんの亡くなったお弟子さんと双子の兄妹らしい。

その辺、触れてはいけない話題らしく、あんまりぼくは聞き出せなかった。

「……さて、私たちはどうしようかしら?」
「ヘルさんに任せますよ、……師匠」

「……慣れないわね。その呼び名」

苦笑するヘルさん。

そう、あれからぼくはヘルさんの弟子になった。

まあ、不肖の弟子かもしれないけど、これからはヘルさんと一緒に頑張っていきたい。

紅さんにはお似合いだね、とからかわれたけど。

「そう、ならドロイカンたちでも狩りに行きましょうか」
「そうですね。なら、ぼく支度してきます」

「ディカン。待って」
「はい? なんでしょう?」

「──私といて、私たちといて、楽しいかしら?」

質問の意図が分からないけど、そんなもの、答えは決まっている。

「当たり前ですよ。楽しいし、幸せです。そう答える以外、何があるって言うんですか」

照れ隠しに、ぼくは走ってアジトを出て、銀行へと駆けていった。