第六話 二つ目の角を曲がると、板さんの言うとおり、城の入り口へとつながる橋の上に敵がちらほらと。 さて、どうしたものかと思ったけれど、言われたとおり不可視(インビジブル)発動。 橋に向かうまでに、すれ違う敵をどんどんと刺していく。 だけど人が多いからなのか、橋を目指して視野が極端に狭くなっているのか、誰もその事に注意しない。 ─ああ、そうか。 最初に城に入った人がMVPをもらえるんだったっけか。 つまり周囲に気を配る余裕がないのか。 あれ? 先頭にいるのは見覚えのある顔。 「あいつは……」 眼鏡をかけた、インテリっぽい風貌。 先日お世話になった、リューク。 「いい機会だ。─殺る」 呟くと、一直線であいつの元へ。 あと10mのところで振り返られた。 「おや。ディカンブールか。カリル」 消えていたはずなのに、ぼくの存在を看破される。 背筋に走る悪寒。瞬時に体に再び気持ちの悪い光が。 姿が現れると同時に、足が金縛りにあったかのように動かなくなる。 「くっ、蜘蛛の網(スパイダーウェブ)か!」 めったに使わない糸切り(スパイダーカット)なんてスキルを思い出し、 行動の自由を回復するが─遅い。 「はっ!」 気合一閃、大地をも揺るがす拳が、ぼくのみぞおちに突き刺さる。 喰らってから思い出すが、この距離は修道士のモノ。 まるでワイヤースタントをしているかのように、ぼくは吹き飛ばされる。 「ぐ……」 何とか膝を立てるものの、体は言うことを聞かない。 「やれやれ、やはり《破戒の板》がネックだったか。 ここにすでに入っていると読まれるとはね。 しかしまあ、悲しいかな人材不足か。最強のギルドの、最低の欠点だな」 リュークの気障っぽく聞こえる台詞が、僕の神経を逆なでにする。 隣にいた盗賊のカリルが一歩前に出て、僕のことを縛り上げる。 「さて、そろそろゲームも終わりかな。 最強といっても所詮この程度。《最悪の蒼》も、あの幻であしらえたことだし」 ─幻? まさか。 「後はヘルギアと勝負だ。これだけいれば─」 リュークの視線がある方向を向いて固まった。 「……《最悪》か」 ごっ、という音とともに、リュークがいた場所に槍が突き刺さる。 必然的に、リュークもぼくのそばから少し遠ざかる。 「てめェ新入り。本当に使えねェな」 近くにいた魔術師を裏拳で沈黙させ、こつこつと歩いてくる。 「オイオイ、おまけに黒幕はお前かよ、カリル。ならあの気持ち悪い聖職者もテメェの差し金か」 「聖職者……って?」 「さっきの軍勢を操っていたやつだ。はじめの連中以外、全部幻だったからな」 「え? 幻って、どういうことですか?」 「あ? それすら気がついてなかったのかよ。あれはただのリベンジスピリッツの応用だ」 リベンジスピリッツ─、 受けた攻撃の仕返しに憑いている霊が攻撃をする、というスキルだったか。 「さすがだね、《最悪》。あれをそこまで見抜くなんて」 「見抜いたのは俺じゃねぇが、そんなことはどうでもいい。テメェは誰だ?」 蒼さんがリュークのほうを向く。 「リュークだ」 「リューク? 聞き覚えのない名前だ。 それにカリルの奴を従えるほど実力があるようにも見えねェ。どういうことだ、カリル?」 リュークの隣にいた盗賊がかぶっていたゴーグルをはずし、蒼さんのほうを向く。 帽子からこぼれる緑色の髪が、風に揺れる。 「どうでもいいだろ、蒼。 どうしても理由を言えと言うなら─そうだな、お前と戦いたかったとでもしておくか」 ざわ、と蒼さんの周りから殺気が生まれる。 「ふざけるなよ、カリル。 俺はテメェの冗談を聞いて受け流せるほど人間はできてねェ。昔何をしたか忘れるなよ」 「蒼、お前も昔と変わらず頭が固いな。昔から結論は同じだ。 以下にお前が最悪になろうとも、最低の力を手に入れても、俺には勝てない」 「──」 「ということだ、リューク。 俺はここで決着をつけていく。お前は他の奴らを連れてさっさと中に入れ」 「了解した」 その場にいた10人ほどを連れて、城の中に入る。 「え……、ちょっと蒼さんいいんですか?」 「問題ない。ヘルギアを何だと思っている。 それに、中の構造を知っているのはうちのメンバーだけだ」 そう言うと、ぼくを縛っていた紐を一撃で切る。 「言われっぱなしは性に会わないが、あいつの言っていることは事実だ。 少なくともお前がいないと、俺には勝つ見込みがない。さっさと構えろ」 え? と思う間もなく蒼さんが突っ込んでいく。 手に持っているのは、いつも使っている愛用の槍。 「ちっ」 なるほど、曲がりなりにもぼくが必要なわけだ。 口の中で呪文を呟き、手をかざす。 「─探索(ディテクション)」 その言葉とともに、カリルが蒼さんの後ろ、ぼくの目の前に姿を現す。 危な…。 「無駄、か」 「そういうことだ。 こいつは力も素早さも体力もないが、少なくともお前より知恵知識は上だ。 《破戒の板》直伝の詠唱技術をナメるなよ」 後ろを振り向き、その反動を利用して槍で薙ぎ払う。 「甘─、なに?」 ぼくの唱えている詠唱を警戒したためか─動きが止まる。それが、分水嶺。 「気がつくのに、少し遅いですよ」 基本的に盗賊が使うスペルなどというものは、魔術師に比べて全然簡単なものだ。 例を一つ挙げるならば、どれも最初が同じ、ことだろうか。 それゆえ、詠唱を少し聞いただけでは、なにを唱えているかは分からない。 「不可視(インビジブル)」 こういう風に、決め台詞(はつどうのことば)を聞けば分かる。 カリルは闇討ちを恐れたのだろう、それを聞いて横に─。 「く、騙したな」 ついでに。決め台詞と発動するものが違っても威力が下がるだけで、発動はできる。 少なくともぼくは。 ようするに、今のは偽装で、実際は、蜘蛛の網(スパイダーウェブ)。 「よくやったな、新入り」 なるほど。 蒼さんが言うとおり、城の中はものすごく分かりにくい。 曲がり角を迎えるたび、同じような間取り。 「すいません、今度案内してくれませんか。もう分かりません」 「今度な」 突如現れたドアを開けると─、屍が散乱していた。 どれもこれも、全て首が斬られている。 あのリュークでさえも、首を斬られ倒れている。 「ヘルギ、いや─」 クリスタルの横の壁に、一人の女性がもたれている。 「久々だな。今はルキアスか」 「へ!? ルキアスって、あの」 「まあな」 ルキアス─ 一時期マイソシアを恐怖のどん底に陥れた、少女首斬り解体殺人鬼。 数え切れないほどの人間を殺し殺し殺しながら、 あるときを境に噂がばったりと途絶える。 「ヘルさんは?」 「私の中にいる、と言えば適切か?」 ルキアスは体勢を直し、血塗れた剣を片手にこっちに向かってきた。 「つまり、私はあれのせいで表に出れない─、まあどうでもいいことだ。 機会があったらそこの最悪にでも聞くがいい。 “最悪”にすらなれなかった愚か者の末路をな。 ──さて、私はそろそろ限界だ」 「え?」 「後の処理は任せたぞ、最悪」 「……分かった」 ばたり、とヘルさん、いやルキアスは床に倒れた。
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