第一話



「……それで?」

いつもにも増して感じられるプレッシャー。

それに反応してか、黒いピエロ帽子がときおりピクリと震えている。

それが余計に、不気味さに拍車をかけている。

「えと……それだけです、けど」

彼女─ヘルギアの手元においてある長剣が、家の明かりを反射してきらりと光る。

かたり、と音を立ててヘルさんは立ち上がった。

「いいかしら、もう一回確認するわね。実は君、馬鹿?」
「……」

少しばかり空気が和らいだのを感じ、少し緊張を解す。

「でも、ぼく的にかなりピンチでしたよ」

はぁ、とため息をついてヘルさんはしゃべり始めた。

「あのね。基本的なこととして、集団は個人に勝るの。

あなたが集団の代表だというのなら、いいのだけれどね。

負けて敗北の責任取るのも勝って勝利の栄光に浸るのも、それはあなた次第の話。

でもね、このギルドは私のもの。そしてあれは、もっと大切な私たちのもの」

あれとは─

この広い広いマイソシア大陸の中で、数えるほどの集団しか持つことができない、もの。

「少しきつい言い方をするけれど、君はこのギルドの中でけっこうレベル的に浮いてるの。

それは分かるでしょう? でも、私はわざわざこのギルドに入るよう誘った。

君程度のレベルの人は他にもいくらでもいるのに、ただ命を助けてもらった、という理由だけでね。

その真意だって、君ほどの能力の持ち主なら、分かるでしょう」

過大評価だとは思うんだけれど。まあ、それを言われるとつらい。

ぼくこと、ディカンブールは視線を床に下げる。

木目が浮いた、年代物の建築様態。

ルアス町のはずれに位置する、民家。

ここがぼくがお世話になっているギルドのアジトとなっている。

「まあまあ、ヘル君。そのへんでいいんじゃないかね?」
「でも、板さん。こういう機会でもないと、ディカンは自分の立場を認識しませんから……」

板さんこと“破戒の板”─、ヘルさんとともに、ギルドを立ち上げた際の初期メンバーだったらしい。

もちろん“破戒の板”というのは通り名であって、もちろん本名ではない。

加えて本名は、と言うと誰も知らないから結構不思議な人だ。

まあ、過去にいろいろとあったらしいけれど、ぼくはよく知らされていない。

もちろん、ここのギルドの名前ぐらいは知っていたけれど、

それはこのマイソシア大陸に生を受けたものなら誰とて同じ。

《幻の伝説(アスガルド)》、その名を知らない者なら、ただのもぐりの冒険者だと思ったほうがいい。

「まあ、そうだけどね。でも問題はそこじゃないはずだよ。

ヘル君、君も分かっているとおり、最近実戦が不足気味なんだよ。

事実、君もあんな目にあったし、だからこそ蒼君を筆頭とした武闘派は今ここにいない、というわけだ」

「─そういえば、その蒼は今どこに?」

「彼なら今ごろ、ソロでデムピアスあたりと果し合いしてるんじゃないかな。

この間会ったときにそう言っていたからね。

だから明日あたりに一度物資補給に町に戻ってくるんじゃないかな」

くいっ、と鼻にかかっためがねを上に押し上げる。

見た目どおり─と言っては失礼にはなるだろうか、

板さんはそのインテリ風の姿どおり、魔法、こと攻撃魔法に造詣深い魔法使いだ。

もはや第一人者と言っても構わないのかもしれない。

巷に流れていた噂では、この人が呪文書作成の基礎を立ち上げたとか。

「そうですか…。でも、ディカン。これだけは注意して。

今回のことで分かったと思うけど、世界は危険で一杯なの。

加えて私たちは控えめに言ってもそれなりに有名。他のギルドよりも狙われやすいの。

今回は攻城戦の申し込みくらいで済んだけれど、命の危険にさらされることだってある。

現に私とあなたが会ったときもそうだったでしょう?」

思い出すのはスオミダンジョンの地下深く。

エレベータでジョカジョンキたちが巣食う階に降り、

そこを抜け、しばらく下へと移動していたとき、

ぼくはヘルさんが襲われている現場に偶然立ち会った。

彼女にとって、普段ならどうと言うことのない連中が相手だったのだろうけど、

運悪く─彼女の武器は粉々になっていた。

まあ、ようはそのきっかけが、僕ごときがこのギルドに参加できた理由の一つ。

「……分かりました」

意を決してぺこりと頭を下げる。

確かに、ぼくの責任で結構重大なことになっているのはよく分かった。

なら名誉挽回を図るまで。

ギルド攻城戦は明後日─、太陽がほぼ真上に昇ったころに開始だ。