2nd quest 山麓の戦い スレシャーパンプキンによって天に召された哀れな男を埋葬すると、拙者らは宿へ向かった。 ここはカレワラと呼ばれる街だ。 年中雪に覆われ、太陽が出ることはないという、風変わりな環境にある。 そのため、農作物は一切採れず、食料のほとんどを他の街からの輸入に頼っている。 また、年中月が出ていることから魔術が発達していることで有名だ。 なぜかというと、月光が魔術に適しているからだ。 月光は[まな]の力を大幅に増幅させる効果を持つ。 スオミと共に魔術の最先端を行く街なので、風変わりな環境に関わらず訪れる人は後を絶たないらしい。 なぜ我々がそのカレワラにいるかというと、 クロッカスが是非お礼をしたいと言い、連れてきてくれたからだ。 哀れな男は彼女が雇った傭兵だったらしい。 傭兵は自分の命を売って生活しているので、あまり死んでも悼まれない。 しかし、カプリコ族の大いなる慈悲で埋葬してやったのだから、今頃は天国で酒でも飲んでいるだろう。 「それで、どうしてあんな所にいたんだ?」 スルトは相手が初対面にも関わらずこの口調だ。 「調査をしていたんです」 相手も気にした様子はない。 「調査?」 スルトが小首を傾げる。 「えぇ。 ご存知の通り、この辺りに太陽は出ません。 食料やその他諸々に関してとても困ることです。 昔は発達した魔術によって何とか凌いでいたのですが、 最近は人口も増え、この問題を本格的に検討する必要が出てきました。 そこで、魔術により人工太陽を打ち上げる計画が進められているんです。 私はその人工太陽を打ち上げる、最も適した場所を調査していたんです」 スルトは終始、にこやかに聞いていた。 こういう面白そうなことにはすぐに首を突っ込みたがる性分なのだ。 「ですが、まさかあんな所にスレシャーパンプキンが出るとは思いませんでした。 あの傭兵さんの命を無駄にしてしまいましたね」 彼女は悲観しながら呟いた。 傭兵は拙者の埋葬によって幸せになっているからいいとしても、スレシャーパンプキンは確かに変だ。 「スレシャーパンプキンは暗黒の森に住む[もんすたぁ]だ。 確かにあの場所にいたのは不自然だな」 ホロパの木は日当たりの良い場所でなければ成長しない。 それがあそこに生えていたということは、あそこは暗黒の森ではないということだ。 「まぁ、アジェトロがそう言うんだから、そうなんだろうな」 スルトが[にやり]と笑った。 嫌な予感がする。 「あ、宿に着きましたよ。 お礼に食事付きで予約を取っておいたので、代金の方はどうかお気になさらずに」 彼女は嫣然たる微笑みをこぼし、自分は魔術学院にいることを言い残して去っていった。 中に入ると、宿の女将が拙者に訝しげな視線を刺したが、一応鍵はくれた。 もっとも、女将も魔女なので十分訝しいのだが。 「さて、アジェトロ」 部屋に着くなり、スルトは話を切り出した。 どうせ、何を言うかは大体見当がついている。 「調べてみようぜ。 どうせ目的もなく、旅しているんだからいいだろ?」 やはり、先刻の嫌な予感は当たっていた。 「スルト殿にはなくても、拙者にはある。 初めて会ったときに言ったはずだ」 「…お前の目的って何だっけ?」 無関心なことはすぐに忘れる。 スルトの百はあろう悪い癖の一つだ。 「もうよい」 「怒るなよ、アジェトロ。 クロッカスちゃんも平気を装っていたけど、内面では打ち拉がれていたぞ?」 スルトは人の心を読み取るのが上手い。 本物の[てれぱす]という訳ではないが、 表情だけで奥底に押し込められた感情を読み取るのは至難の技だ。 そういうところは尊敬に値する。 「それに、お前の目的ってやつの手がかりも見つかるかもしれないだろ?」 …此奴やはり覚えていたのか。 ………。 「まぁ、乗りかかった船だしな。 拙者があそこで助けたのも何かの縁かもしれぬ」 スルトは純粋な笑みを浮かべた。 世話のかかる奴だ。 「お食事をお持ちしましたぁ」 魔女の料理には何が入っているのだろう。 拙者は関心を逸らして、スルトの微笑みから逃れた。 * * * 「なぁ、さみぃんだけど」 先刻からずっとこの調子だ。 寒いなら暖かいローブを買えばいいというのに、決して此奴は財布の紐を緩めない。 「だったら、暖かい[ろぉぶ]でも買えばよかろう」 無駄と知りながらも、返答をくれてやる。 「…そ〜だ。 こういう時の魔術だよな」 ぼそぼそ呟く声がするが、無視する。 拙者とて、寒いのは同じだ。 カレワラの街を出ても雪は途切れることはない。 ふわり、ふわりとこぼれ落ちる天からの贈り物は、天使の羽根の如し美しい白色だ。 「うわっ。 熱っちーーーー!!」 …せっかくの雪の美しさが台無しだ。 スルトの『火球(ファイアボール)』で暖まろう、という愚かしい行為は徒労に終わったらしい。 拙者は雪で覆われた山道をさくさく進む。 「しっかし、目的地もないのに歩くのもなんだかなぁ…」 スルトの言うことも一理ある。 しかし、異常を発見するという目的を持ってしまったのだから仕方がない。 もしかしたら、この歩みすら徒労に終わる可能性すらある。 「腹減ったぁ」 スルトの呟きが、空虚感を増させた時、拙者の第六感が何かを感じ取った。 そして、その何かは拙者の鼓膜を震わせた。 「来るぞ」 スルトもまた感知していたらしく、顔を引き締め、魔術の威力を高める[おぉぶ]を装備する。 それは機械音と共に現れた。 * * * 雪で覆われた山麓地帯に現れたのはテュニキャリアーと呼ばれるからくりだ。 元々は港の貨物運搬用に開発されたからくりだが、 密輸などを繰り返す海賊共に改造され、 戦闘からくりになった少し可愛そうな[もんすたぁ]だ。 拙者が憐憫たる思いで様子を窺っていると、テュニキャリアーたちは次々と姿を現した。 所詮機械。 破壊されることに苦しみはないはずだ。 少し可愛そうではあるが、仕方あるまい。 そう考えると、拙者は刀の柄に手をかけた。 「アジェトロ、こいつらは海賊の要塞のガーディアンだ。 それがここにいるってことはやっぱり…」 「あぁ、何かあるな。 とにかく破壊するぞ」 テュニキャリアーたちは小さな体をばねのようにして猪突猛進してきた。 「光を帯びし、雷雲よ。 悪しき者たちの頭上に集結し、神の雷を降らせたまえ」 拙者がテュニキャリアーたちと応戦している間、スルトが魔術を詠唱する。 「機械には雷だ! 『クロスモノボルト』!!」 矛の如し雷が空気を切り裂き、飛来する。 しかし、雷はテュニキャリアーたちに天の裁きを下さなかった。 「…あれ?」 凄まじい雷の咆哮は辺りを震わせたが、その矛先は木だった。 「そうか…。 木が避雷針になったのだ」 こういう時は鬱蒼と生い茂る木々も疎ましく感じる。 しかし、それだけでは終わらなかった。 拙者がテュニキャリアーの体を弾き返したと同時にそれは起きた。 幾多もの雷を落とす魔術―『落雷矛』、 すなわち『クロスモノボルト』の裁きを受け、黒こげになった木々が拙者らに向かって倒れてきたのだ。 「のわっ!?」 我ながら情けない声を出すものだ。 って、そんなこと考えている暇じゃない!! 拙者は[さいどすてっぷ]により、木々の猛攻を躱した。 大地が震えるのが、身を通じて解った。 「おぉ、結果お〜らいだな」 「………」 なぜ、結果往来なのか? それは木々の下から吹き出る白煙が教えてくれた。 「なるほど、こうすれば早いな」 咄嗟に状況を理解した拙者は残虐な笑みを浮かべると、隣の木を横薙ぎにした。 一定の動きしか[ぷろぐらむ]されていないテュニキャリアーたちは、 即座に木に押し潰され、白煙をまき散らす。 今度は二本まとめてだ。 スルトもまた魔術により木々を倒していく。 舞い上がる白煙はまるで舞台の幕開けだ。 舞台の演目は拙者の剣舞とスルトの[まじっくしょぅ]だ。 なんて、な。 瞬く間にそこは廃工場のようになった。 テュニキャリアーを片付けた拙者らは手がかりを見つけるため、彼奴らの残骸に近付いた。 その時だった。 木ではない何かが大地を震わせた。
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