1st quest 刀の矛先、魔術の行き先 悲鳴だった。 それは森閑とした雑木林を約秒速百十三尺(三百四十b)で駆け抜けると、拙者の鼓膜を打った。 野生の血が騒ぐ。 感覚中枢に信号と化した悲鳴が届くと同時に拙者の体は近くにあったホロパの木の上に移動していた。 「おい! どこ行くんだよ!」 相棒の声がするが、構っている暇はない。 どうせ、彼奴ならすぐに追いつくであろう。 拙者は素早く木の上を跳躍する。 悲鳴の発生源まで百三十三尺(四百b)といったところか。 このような雑木林を移動する際は地を走るより、 障害物が少なく、辺りを見渡せる木の上を跳躍する方が遙かに早い。 もっとも、木の上と言っても天辺だから人間になせる技ではないが。 悲鳴の発生源はどうやら人間のようだ。 一人か。 いや、正確には二人だ。 一人は血溜まりに伏していることから、今ごろは神の大いなる慈悲でも受けている頃だろう。 「ったく、よくこんな所の声が聞こえたな」 隣で呟きが聞こえる。 拙者の相棒―スルトだ。 いつも見窄らしい[ろぉぶ]を着ているが、魔術の腕は確かだ。 どうして、こんなに見窄らしいのかというと貧乏だからだ。 魔術師も世知辛い世の中の不況には勝てないらしい。 ちなみに木の上には立てないため、[まな]の力で浮いている。 「…ちょっと厄介な相手だな。 助けられるか?」 「この刀が存する限り、拙者の敗北はない」 「お前、その半端侍言葉止めろよ。 だせぇなぁ」 スルトはいつも言う。 時代劇を見せたのは此奴だというのに。 「じゃ、行くか」 欠伸をしながらスルトが言った。 なぜこの男にはこうも戦における緊迫感がないのか甚だ疑問である。 しかも、厄介だと言ったのは此奴だ。 「参る!!」 拙者は返事がないことに悲観しつつ、木の上から飛び降りた。 諸手に刀を携えて。 * * * 地を踏むと、悲鳴をあげた人間と倒すべき敵―スレシャーパンプキンの注意が拙者に向いた。 「我こそは水和彌森(スオミもり)の吾侍ゑ賭呂(アジェトロ)なり。 いざ尋常に勝負!!」 そう、拙者の名は吾侍ゑ賭呂。 誇り高きカプリコ族の侍にして、人間であるスルトの相棒だ。 「…?」 どうやらスレシャーパンプキンは拙者の申していることを理解していないらしい。 所詮南瓜。 申し訳程度の脳味噌しか持ち合わせていないのだろう。 「スレシャーじゃなくても理解できねぇよ」 人の心を読むな、[てれぱす]め。 …拙者は人ではないか。 「た、助けてください!」 人間はスルトの姿を見て、やっと声が出たらしい。 ふん、拙者じゃ不服か。 とりあえず、スレシャーパンプキンは拙者が人間といるのを見て敵と認識したらしい。 スレシャーパンプキンは大きな南瓜の頭を持ち、血塗られた小太刀を巧みに扱う上級[もんすたぁ]だ。 高位の者になると『姿隠し』―すなわち『インビジブル』という姿を眩ます魔術を操ったりもする。 スレシャーパンプキンは軽く頭を振ると、小太刀を目にも止まらぬ早さで回し始めた。 さすが、闇の暗殺者の異名を持つだけのことはある。 そして次の瞬間、小太刀が繰り出された。 「一応言っておくが、それはナイフだぞ。 小太刀とかって妄想するなよ」 だから、人(?)の心を読むな!! 小太刀の一撃を軽く捌くと拙者は一気に敵の懐に飛び込む。 そして、お世辞にも大きいとは言えない体で敵の鳩尾に体当たりを食らわす。 その衝撃でよろめいた敵の隙をついて拙者の両刀が[ぶい]字を描く。 『つばめ返し』と呼ばれる剣技だ。 元々、一刀で用いられる技だが、拙者のような二刀流の者にとってはその芸は一瞬にして終わる。 鮮やかな斬撃の後に生まれるのは得体の知れない物体だ。 …此奴の体は一体何で出来ているのだ? しかし、スレシャーパンプキンは一太刀浴びせて倒せる相手ではない。 無論、此奴もその例に洩れないようだ。 痛みをものともせず、小太刀を再び転回させたと思うと、青い閃光を放った。 月型に描かれたそれは拙者の体に裂傷を刻む。 中級剣技、『月光閃波』―すなわち『ルナスラッシュ』だ。 普通、小太刀では扱えない技だが、それを為しているところが技術の高さを覗かせる。 「死んだら助けてやるからなー」 人間をいつのまにか保護したスルトが言った。 …死んでも此奴だけには助けられたくない。 もっとも、死ぬ気など毛頭ないが。 「手助け無用だ」 痛みを堪えてわざと嫌味な笑い方をしてやった。 スレシャーパンプキンは再び小太刀を回転させている。 再び月光閃波がくれば避けられない。 予想外に先刻の[だめぇじ]は大きい。 ならば、こちらが機先を制すればいいだけだ。 「『火球』!!」 拙者は詠唱時間を要しない初級火炎魔法『火球』を放った。 「『火球』って何だよ…。 ただの『ファイアボール』じゃねぇか」 茶々を入れるな、相棒。 『火球(ファイアボール)』は的確に敵を捉えた。 そして、小太刀を転回させる機械的な作業に歯止めがかかった。 その隙を逃してやるほど拙者は甘くない。 透かさず、呪文の詠唱に入る。 スレシャーパンプキンは消火活動に専心している。 消火活動と呪文詠唱。 先に時宜を得るのはどっちか。 その[たいみんぐ]はほぼ同時だった。 スレシャーパンプキンは小太刀の回転をさせずに一気に間合いを詰めてきた。 「地に宿りし、地獄の業火よ。 その力を爆発さ…せ、迫り来る彼の者の身を滅ぼしたまえ。 『紅蓮之炎塊』!!」 多少早口での詠唱になってしまい、舌を噛んでしまったが、問題あるまい。 たぶん。 スルトが突っ込みをいれないので、補足しておくが、 『紅蓮之炎塊』は一般的には『フレアバースト』と呼ばれる。 火の塊を地の爆発的な[えねるぎぃ]によって威力を増大させる合体魔法だ。 スレシャーパンプキンの小太刀が拙者の喉元を抉るかどうかという時にそれは起こった。 彼奴の足元で炎が踊り、体を包み込む。 そして、爆発。 至近距離での発動になったため、拙者の身を余波が襲った。 拙者はその衝撃に吹き飛ばされるが、咄嗟に受け身をとれたのはこの小柄な体の賜物だろう。 …スレシャーパンプキンはどうなったのだ? 彼奴は炎の中で悶え苦しみながらも、小太刀を構えている。 「大気中に潜む水の粒たちよ。 今、その身を悪しき者を制裁する氷塊に変えたまえ」 その声の主は拙者を見ると、[にやり]と笑った。 「おいしいところは貰ったぜ、アジェトロ。 出よ! 『アイススパイラル』!!」 燃え盛る火炎を纏ったスレシャーパンプキンの回りに螺旋状に氷の糸が絡みつく。 急激に冷やされた体は自然の摂理に逆らうことなく、崩壊した。 しかし、拙者にとってそんなことはどうでもいい。 『アイススパイラル』は『氷塊舞』という説明も出来ないほど頭に血が昇っていた。 「スルト殿!! 此奴は拙者の獲物!! それを横取りするとは卑怯なり!!」 ちなみに拙者は相棒の名前を口に出すときは“殿”をつける。 理由は、ない。 「ど、どうもありがとうございました!」 助けられた人間はスルトに向かって頭をぺこぺこ下げた。 ほとんど拙者が倒したようなものなのに。 これだから人間を助けるのは…― 「おい、アジェトロ。 行くぞ」 …怒る気分すら萎えた。 助けた人間の名はクロッカスというらしい。 …何か言い知れぬ不安が拙者の心を過った。 理由は…わからぬ。
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