月の魔術師〜第一話〜


俺は、薄暗い洞窟の奥へと足を踏み入れていた
太陽を最後に見たのは、三日前か・・・・
太陽を見る事のできない洞窟の奥では、普通なら時間などわかるはずもないのだが・・・

「それにしても、本当にいるのかねぇ・・・」
この洞窟に潜って、何度目になるか分からない愚痴をこぼしたのは、
松明を持った、盗賊。名前はルークという。

「同じ言葉は、もう151回目だ、ルーク。
 ちなみに、今日だけで、85回聞いている」

”律儀に数えてたのかよ・・・・・”

相変わらずといえば、相変わらずだが、生真面目な声で、とぼけたことをいう奴だ・・・

突っ込みを入れても、”そうか”という答えしか返ってこないのは、
長い付き合いだから、よく分かっている。

先頭を歩く、戦士のサーディアン。それが彼の名だ。
「律儀に数えてたなんて、相変わらず、面白い人ね」

言って、くすくすと笑うのは、唯一の女性である、セリス。
彼女は、聖職者をやっている。

癒しの魔法にかけては、
大陸広しといえども、セリスに並ぶものは、両手の指の数もいないだろう。

「そうか」
やっぱりと言うかなんと言うか・・・・

振り向きもせずに答えるサーディアン。
前を歩くルークが、深く溜息をつくのに気がついた・・・

”それに気づくってことは、俺も溜息ついてたのかな・・・・”

俺たちは、ノカン村の奥にある”ディグバンカー”と呼ばれる洞窟へと来ていた。

名指しの依頼を受けたからだ。
依頼主は、王宮に仕える聖職者を束ねる神官長”ウェルナ”様。

セリスは、王宮付きの聖職者の一人でもあり、
ウェルナ様からの依頼とあっては断れなかった。

そして、王宮関係者からの依頼という奴は、一人では到底遂行不可能な物ばかり。
そこで、俺と、ルーク、そして、サーディアンも同行することにしたのだ。

俺達のPTは、戦士のサーディアンを先頭に、ルーク、セリス、そして俺の順に、
縦に並んで歩いている

「つまんねぇなぁ・・・・
 モンスターも、ココ4時間ほど見かけてねぇし・・・・・」

ルークは、
”自分の体感時間は、現実とほぼ同じで、正確無比だ!!”
といつも言っているが、信頼していいものとは、とても思えない。

「時間は変わっているが、このセリフは・・・・」

シャォ〜〜〜〜〜・・・・・

サーディアンの呟きを遮ったのは、聴いたこともないような雄たけび。

「どうやら、151回で、ルークの愚痴も終わるみたいだな」
ウェルナ様の情報は、ガセじゃなかったようだ・・・・・

雄たけびの主は、それからすぐに俺たちの目の前に姿をあらわした。
赤い鱗を身にまとった、体長5mはあろうかという巨大な化け物。

”赤竜・・・・・ハイランダーか。
 まさか、生きている本物を目にすることになるとはな・・・・”
嫌な汗が、背中を伝うのがはっきりと感じられた・・・

文献には、こう記される。
”神が創りし、マイソシア大陸の守護者にして、神の法の執行者。
 一度、神の裁きが下されれば、蒼と赤の竜が神の意思を実行する・・・”

古い遺跡から発見された古代文字には、そう記されていた。
しかし、記録はまだ終わりではなかった・・・・

”神は、人間が過ちを繰り返す事を憂いて、大陸より姿を消した。
 仕える主人がいなくなった竜達は、
 破壊衝動に突き動かされ、見境なく、命あるものを狙い始めた。
 賢者によって眠らされし竜を起こす事なかれ。
 竜が目覚めるとき、すなわち、大陸が血に染まるときである・・・・”と・・・

暫く前に、ウェルナ様のところに冒険者たちからの報告が届いたらしい。

”ディグバンカーで、ノカンを襲う、赤い竜を見た・・・”

その報告は、複数の冒険者たちが、もたらしたらしい・・・

そして、俺たちの目の前にその竜が立ちはだかっていた・・・・