古の賢者達〜第5話〜


「おかえりなさ〜〜い」
「おそかったじゃない」

俺たちが部屋に入ると、二人の女性が、声をかけてきた。

・・・一人は、“女性”というには幼すぎるか・・・

「ただいま。ルーシア、セリス。
 けど、なんだ?この部屋は」
今俺たちがいるのは、朝集まった会議室。

そのときには、会議室の見本だとでも言うかのように、
机と、椅子が整然と並べられていたはずだ。

しかし今は、机や椅子は、部屋の片隅に積み重ねられて、
空いたスペースに、大量の簡易ベッドが運び込まれていた。

「なんだって・・・
 明日のために、みんなの寝る所作ったんじゃないの」

「なぁ・・・・もしかして、俺たちもここで寝るのか?」
セリスの答えに、いかにも嫌そうに返答したのは、盗賊のルーク。

「もちろんよ。
 もうちゃんと、あなたたちの分も用意してるんだから、
 今さら嫌だとは言わないでね」
いつも通りの、歌うような口調で言ってくれるセリス。

確かに、ベッドは12個用意してある。
見習いが8人なんだから、残る4個は俺たちの分・・・なのだろう・・・

「それにしても、この買出しの量は多すぎない?」
いつの間にか、俺たちが買い込んできた荷物を分類しながら、セリスが言ってくる。

ルークとサーディアンが苦笑したのは、ベッドに対してだろうか、
それとも、買い込みすぎた荷物に対してだろうか・・・・

「私も手伝いましょうか?」
セリスさんが、お師匠様たちが買ってきた荷物を整理し始めたので、
私は、声をかけてみた。

「いいわよ、ルーシアちゃん。
 それに、これを使って、ちょっとお勉強してもらうつもりだから」
言いながらも、手早く整理していくセリスさん。

“確かに、私が手伝うまでもないかも・・・・”

「これでおわり〜〜〜。
 さぁみんな、自分が、明日から持っていかなきゃならないとおもう物を、
 各自選んでくれるかな?」

『ハーイ』

「あ、カバンにはまだ詰めなくてもいいから、
 選んだ物を、自分のところに集めておいてね」
セリスさんの言葉で、私たちは、自分に必要なものを選んでいく。
その後ろで、お師匠様たちの声が聞えた。

「セリス。まるで、こいつらの保護者みたいだな・・・」とお師匠様。

「というよりも・・・・こいつらのリーダーだよな。
 騎士様よ。仕事とられてるぜ?いいのか?」これはルークさん。

「うるさい。
 俺に不向きなのは、俺がよく知ってる。
 それに、やりたい奴がいるなら、そいつに任せたほうがいいんだ」とサーディアンさん。

”なんか・・・・拗ねてるみたいに聞える・・・・“

他のみんなもそう思ったのか、あちこちで、くすくすと笑い声が聞えた。

「みんな選び終えたみたいだな」
お師匠様が、いつの間にか椅子を持ってきて、それに座っている。

行儀の悪い事に、椅子を反対において、背もたれに、ひじを乗っけて!!

「じゃ、ダメだしと行きますか〜〜〜」
心底楽しそうに、ルークさんは言うと、
フレデリカちゃんの選んだ物を物色し始める。

「ん〜〜〜基本的に合格かな?」
その言葉を聞いて、フレデリカちゃんは嬉しそう。

「けど、お前聖職者の二人に、どんな魔法が使えるか聞いてないだろ」
「は・・・・い・・・」
一転、ばつが悪そうな顔をする彼女。

「俺は、聖職者の二人が、リカバリを使えるって聞いてるけどね」
背もたれに乗せた腕に、あごを乗せた格好で、おまけに目もつぶって、お師匠様が言う。

「はい、僕も、ヒルダも、リカバリ使えますよ。
 後、ブレヘルや、ブレスキも」
お師匠様の声に、ジーク君が答える。

「だ・・・そうだ。
 なら、こんなにもっていることないだろ?
 こんだけ持ってたら、他のものはもてなくなる。
 鑑定する事もあるだろうし、少しは、余裕を空けておいたほうがいいな」
いつもの毒舌とは違う、優しい声で、ルークさんが言う。

“こんなルークさん初めて見たかも・・・“

「じゃ、次は、聖職者の2人と、魔術師の2人」
さっきからと同じように、目をつぶったまま、お師匠様が続ける。

「4人とも共通。
 お前たち、魔力を回復するアイテムしか選ばなかったな」
言われてみたら、みんなマナリクシャとか、リンゴばかり。
「聖職者には、リカバリや、スーパーヒールなんかの回復魔法がある。
 魔術師にも、セルフヒールがあるから、
 どっちも自分の傷を魔法で治す事もできる
 けど、他人の治癒に手一杯になって、
 聖職者でも、自分の回復に手が回らない事だってある。
 魔術師も、聖職者の回復が間に合わなかったり、
 自分の魔法では回復しきれない時だってある。
 そういう時どうするつもりなんだ?」
変わらない姿勢で、サーディアンさんがいつもするみたいに、淡々節で喋るお師匠様。

「万が一、そういう事態になったときのためにも、
 聖職者や、魔術師も、体力回復のアイテムを持っているべきだな」
お師匠様にそう言われて、私たち4人は、うなだれてしまった。

「次は、戦士と、修道士」
お師匠様の次に喋りだしたのは、サーディアンさん。

「聖職者の負担を軽くするために、
 多目の回復アイテムを用意しているな。
 正しい判断だ」
サーディアンさんの言葉で、ほっと胸をなでおろす3人。

「しかし」
この一言で、3人とも、一斉に姿勢を正す。

「3人とも、まだ持てるアイテムに余裕があるな。
 だったら、他の奴のアイテムの予備を持っておいてやれば、なおよい。
 自分が使わない魔力回復のアイテムだって、
 お前たちが持っていてやれば、それだけ余裕ができるだろう」
サーディアンさんの言葉が終わったとき、私たち8人はみんなうなだれていた。

「でも、あなたたちは、PT初経験でしょ?
 3人の言ったことは、知らなかったとしても、しょうがないわ。
 各自が、自分に必要なものと、必要でないもの。
 それを選べただけでも、合格点よ」

セリスさんの言葉に、頷く、お師匠様たち。
それを聞いて、私たち8人は、笑顔を取り戻せた。

俺は、再び、アイテムの準備をし始めた見習いたちを見ながら、
ふと思ったことを問い掛けてみた。

「そのまま作業しながらでいいから、聞いてくれるか?
 お前たちは明日からPTを組む事になる。
 じゃ、そのPTっていったいなんだ?」
俺の問いかけには、すでに準備の終わっていたザビーネが答えてくれた。

「PTとは、力を合わせて戦う集団の事です」
ザビーネの師匠は、現近衛師団長のはず。
戦士として、教え込まれた模範解答というところか。

「じゃ、力を合わせて戦うっていうのはどういうことだ?」

「自分の長所を生かして、
 そして、お互いの短所を補い合う事だと思います」
これに答えたのは、聖職者のヒルダ。

「じゃ、長所を生かして、短所を補うために、
 お前たちはどうしたらいい?」

この問いには、すぐに答えられるものはいなかった。
しばしの沈黙の後、ザビーネが再び口を開いた。

「師匠からは、こう教えられました。
 “戦士の力は、敵を倒すためだけにあるんじゃない。
  聖職者や、魔術師。体力の少ない者を護る事も、仕事だ”と」

「僕も、お師匠に、同じような事を言われました」これは、修道士のユリアン。

「“修道士が修行をするのは、己のためでもあるが、
  それ以上に、他の人を助けるための力をえるためにするのだ“と」
言葉を継いだのは、同じ修道士のカリン。

「私は、頭領からは、
 “盗賊の仕事は、敵を撹乱する事。
  敵にチームワークを取らせないために、盗賊のスキルがあるのだ“
 って教えられたわ」
盗賊のフレデリカが盗賊の役割を言う。

「聖職者の役割は、皆の傷を癒す事。
 そして、補助魔法で、皆の手助けをする事」
これは、聖職者のジーク。

「魔術師の長所か・・・・
 範囲魔法で、まとめて敵を倒す事や、
 遠くにいる敵を倒す事ができるのが魔術師の長所なのかな?」
シャルロットが、考えながらも魔術師の長所を発表する。

「みんな、ちゃんと分かってるみたいね」
まるで、自分の事のように嬉しそうな顔をするセリス。

「確かに、みんな頭では理解してるみたいだな。
 明日からは、それを実戦できちんと実行する事。
 そうしたら、お前たちは、PTとして行動する事ができるから」
みんなが頷くのを待ってから、俺は、見習いたちに眠るようにいった。

みんなが寝静まったころ・・・・
俺は一人で、テラスにいた。

明日からに不安があるわけじゃない。
けど、PTで冒険をする前には、1人でぼんやりと月を眺めるのが癖になっていた。

“これを知っていたから、お師様は俺に月の魔術師って称号を用意したのかもな“

「お師匠様・・・・」
声に振り向くと、そこにはいつの間にかルーシアが立っていた。

「どうした?早く寝ないと、明日が辛くなるぞ?」

俺がそう言っても、ルーシアは動こうとしない。
それどころか、今にも泣きそうな顔をして、うつむいている。

「何か話したい事があるのか?」
そう言って、俺はしゃがみこむと、ルーシアと視線の高さを合わせる。
かつて、お師様がこういう風にしてくれると、不思議と何でもはなすことが出来た。

決して急かしたりはしない。
でも、じっと待っていてくれた。

「さっき・・・・自分の役割を話してたでしょ?」
そこまでいうと、ルーシアは、声が続かなくなってしまったようだ。
それだけで、なんとなく、ルーシアが話したい事の内容は理解できた。

「魔術師の長所・・・・
 私は、範囲魔法じゃ、シャルロットちゃんに敵わない・・・・
 私には、お師匠様みたいに、一撃で敵を倒す力もない・・・・
 私は・・・・・皆の役に立てないんじゃないのかな・・・」

“やっぱりこういうことか・・・・“

俺は、ルーシアの言葉を聞いて、少し笑ってしまった。
不思議そうな顔をするルーシアに、俺は言ってやる事にした。

「悪い。
 俺もな、昔カルディス師に同じ事を聞いたことがあったんだよ。
 それを思い出して・・・な」
ビックリしたように、顔を上げるルーシア。

「そのとき、カルディス師には言われたよ。
 勘違いをするな、ってな。
 魔術師の仕事は、敵を倒す事じゃない。
 皆が戦いやすいように手助けをする事さ」
顔をあげて、俺の言葉を理解しようと一生懸命になる俺の弟子。

「おまえに教えてある、カーズディフェンスを使えば、
 前衛は敵を倒しやすくなる。
 範囲魔法や、遠距離の魔法攻撃で、敵の体力を奪えば、それだけ負担は減る。
 それが、魔術師の役割さ」

「じゃ、私でも皆の役に立つ事ができる?」
弟子は、もう泣きそうな表情をしていなかった。

そこにあるのは、決意の表情・・・

「ああ。
 お前は、もう立派に皆の役に立てる魔術師だよ」
俺がそう言って笑顔を見せると、弟子は嬉しそうな表情を見せた。

「さ、分かったら、もう寝なさい。
 寝不足で、皆に迷惑かけたくないだろ?」

俺の言葉に元気に頷くと、俺の可愛い弟子は部屋の中へと戻っていった。
それを見送ってから、俺は再び月を見上げた。

時には、不吉な雰囲気をもつ満月が、

今、このときは、幸福の象徴のように思えた・・・・・