SACRIFICE ― 血塗られた杖 5 ― 想像していた衝撃はなく。 代わりに聞こえたのは、何かに潰された哀れなモンスターの悲鳴。 そして待ち望んでいた声。 「いったーい!! お尻打ったぁ!」 「おやおや、情けないですねぇ」 「座標ちょっとずれてたみたいね」 「とりあえずユンレン、おれの上から降りて・・・」 空間を裂く様にして出来た穴から出てきたのはアルファ達だった。 いつもならこんな事はないのだが、 切羽詰った状況でウィザードゲートを行ったため、空間に歪みが出来てこうなってしまったのだ。 フィーネとダウは上手く着地したが、 アルファは不幸にもユンレンが上に重なってネクロケスタと同じ運命を辿った。 「な・・・・・・んで、お前、ら・・・」 チカチカする目でレガートは呆然と4人を見た。 その視線に気づいたユンレンがぱっと顔を輝かせる。 アルファの懇願はあっさりと無視して。 「レガート! 良かった、無事だったんだね」 「ゆ・・・ユンっ」 レガートの手がユンレンに伸びる。 意思とは反対に動く体を止められない。 駄目だ駄目だ駄目だ。 ボロボロになった体でレガートは上半身を起き上がらせる。 ユンレンは慌ててアルファを踏み潰してレガートの体を支えた。 「ゆ、ん・・・・・・逃げ・・・っ!」 「え、何?」 必死で振り絞った声も相手には届かない。 無邪気に笑いかけるユンレン。 すぐ近くにいるのに。 レガートの指先がユンレンの細い首にそっと触れる。 止めてくれ。 もう失いたくないんだ。 「プレイドーン!」 瞬間、キレイなソプラノが響いた。 レガートの体に光る十字が現れ、すぅっと消えていく。 混乱解除魔法だ。 異常状態を回復したレガートの体が支えを失った人形のように崩れ落ちた。 それをユンレンは慌てて抱きとめる。 「ちょっ、レガート?!」 「精神安定剤がきれてたのね。 ユンレンの首、絞めようとしてたわよ」 フィーネはバッグの中から精神安定剤をいくつか取り出して、レガートの荷物の中に入れた。 それからリカバリをかける。 「さんきゅ、フィーネ・・・」 「この借りは大きいからね、覚悟してて」 「おお、こわっ」 軽口を叩く余裕が出てきたのを見て、フィーネは内心ほっとする。 まだ、大丈夫だ。 まだ、暴走しない。 (さっきは間に合って良かった・・・) 彼が『レガート』を保てているのは、きっとあの子のおかげ。 あの子がいるから、レガートはきっと大丈夫。 「さて、そろそろお客様が退屈していらっしゃいますよ」 レガートが立ち上がるのを見てダウはネクロケスタと対峙する。 4人の登場で警戒して一旦は退いていたが、段壇とまた近寄ってきていた。 「アルファも寝てないでお出迎えして差し上げて下さいね」 「ボクへの心配はない訳ね」 ゆっくり起き上がってアルファは服についた埃を払う。 どことなくその背中には哀愁が漂っていた。 フィーネは無言でヒールをかけてやる。 「レガートを痛めつけてくれた分、きっちり倍返しするんだから!」 いつも以上に顔を輝かせてユンレンは先陣切ってネクロケスタの群れの中へ突っ込む。 何も考えていない訳ではない。 この5人でいるから、出来る事なのだ。 アルファとユンレンがネクロケスタの大部分の体力を減らし。 レガートが素早く背後から止めを刺す。 フィーネはスーパーリカバリを常に掛け続け。 補助魔法をかけつつも、前から逃れた敵をダウが魔法で瞬殺する。 いつもの5人。 いつもの光景。 大丈夫 大丈夫 大丈夫 そこは暗闇だった。 そこに男はいた。 目が慣れても、到底何も見えないであろう闇。 男の目はそんな闇の中でも力を失ってはいなかった。 何に躓くこともなく、ゆっくりと正確にあるいている。 と、突然足を止めた。 その場にしゃがみ込むと両手をついて、魔力を流す。 魔力は地面を伝って周囲の光景を男に届ける事ができる。 見えてきたのはここから然程遠くはない場所の出来事。 大量のネクロケスタを相手に戦っている5人の冒険者。 幼さの残る戦士。 精悍な顔立ちの盗賊。 少女の姿をした修道士。 穏やかな雰囲気の魔術師。 そして。 不意に男の唇が歪む。 「やはりきたか・・・」 くすくすと、声を漏らして男は笑う。 すっと立ち上がると、部屋の中央にある祭壇に目を向けた。 手を伸ばして魔力を飛ばすと、祭壇の中央がほのかに明るくなる。 奉られていたのは1本の杖。 「お前は何を犠牲にする?」 子供の様に楽しそうな声音で呟いてから、男は自分の体を闇に同化させた。