アスガルド物語2〜サラセン会戦〜その10



いったいどれだけの蔓を切り払ったのだろう。

 
リコは、ふとそんなことを考えた。

鞭のようにしなる蔓によって体は傷だらけ。手足も鉛のように重く感じられる。

 
「ここまでかな…」が、すぐに思いとどまった。

 
出血でかすむ目に映ったのは、無数の蔓の中心にある肉塊。

血で染まり脈打つ肉塊は、次第に巨大なかぼちゃへと姿を変えた。

 
「まだ死ねないみたいだね。」

軽く微笑むと、残る力を振り絞りかぼちゃへと歩みだす。

 
襲いくる蔓をなぎ払い一歩一歩進む。ゆっくりと…

 
「馬鹿げたショーも、これで終わりだね。」

 
渾身の突きを放つリコ。

が、エペの切先がかぼちゃを捕らえた瞬間その右腕が断ち切られた。

背後から無数の蔓がリコを捕らえ捻り上げる。

 
「ぐぅ…」

 
傷口から細い触手が体内に入り込みリコを蝕む。

激しい苦痛が、次第に快感へと変わっていく。

 
リコは恐怖した。

 
その時、闘技場を覆う樹木から槍のように鋭い枝が四方八方から伸び

かぼちゃもろとも、リコの体を貫いた。
 

 

 

 

 
チャオが指揮する帝国軍の勝利は、もはや時間の問題だったが

どうしても不安がぬぐいきれない。それは戦場のことではない。

 
暗雲たちこめるサラセン、闘技場を覆う樹のドーム、その隙間から這い出る触手。

が、それはチャオにはどうすることも出来ない。

 
「だめですね。今やることに集中しないと。」

 
もじゃもじゃの髪を掻き、指揮へ気持ちを移した。

 
不意にサラセンの空が激しく光る。

轟音とともに数百の稲妻が、サラセンに豪雨のように降り注いだ。

 
「な!?」言葉は続かなかった。この世のものとは思えぬ光景。

チャオだけではなく、戦場の兵士すべてが戦いを忘れ呆然と立ち尽くした…

 

 

 

 

 
斬っても斬っても再生する蔓に、エイアグの体力も底を尽きかけていた。

その時、樹木のドームが吹き飛び膨大な光が降り注ぐ。

 
「!?」何者かに突き飛ばされるエイアグ。

 
その男は、手に持ったブロードソードを天に掲げ、降り注ぐ光を一身に浴びる。

剣に稲妻を引き寄せ避雷針と化したのだった。

 
「ガイエル!!…」爆音とともに吹き飛ぶエイアグ。

 
意識が途切れるその瞬間、ガイエルが微笑んでいたように思えた…
 

 

 

 

 
チャオがサラセンに入ったのは、それから五日後のことだった。

 
転送魔法によって現れた宮廷魔術師達により、消火活動がおこなわれたが

町全体という広範囲だったので、かなりの時間を要した。

未だにあちこちから煙が立ちのぼっている。

 
闘技場に向かったチャオは、瓦礫の下から見慣れたエペとブロードソードを発見した。

 
「見つけたくは、なかったですよ…

エイアグさん…あなたは生きていてください…」

 
青々と澄み渡るサラセンの空を見上げ

チャオは祈るのだった……