アスガルド物語2〜サラセン会戦〜その1


秋。
 

森の木々が紅に染まり夕日とのグラデーションを織りなす。

大地も木々と調和し赤く染まっていた。
 

流れいずる血によって…
 

赤く色づいた木の幹に背を預け、腰を下ろす剣士。

青みがかった黒色のマントに薄汚れた銀の鎧。

兜の隙間からは、白濁色の目が覗く。
 

足元には使いこんで折れた大剣と、人間の戦士とおぼしき死体が無数に転がっていた。
 

彼の名はエイアグ[地を這う者]、

カプリコ三騎士の一人。

 

カプリコ砦での戦いのあと、エイアグは強き者を求め各地を彷徨った。

 
アスク帝国と東方の異民族との争いが激化したので、戦場に困ることはなく

傭兵をしながら日々過ごすのだった。

 
「エイアグ様〜エイアグ様〜」だみ声が響く。

 
息を切らし坂を駆け上がってくるカプリコ。

 
ロドだ。

 
ぼろいローブに新調したばかりのピカピカの杖。

カプリコの中でも背が低く足も短い。

およそ戦いに向かないが、話術だけは達者だった。

 
傭兵の口も、すべてロドが探してきたものだ。

何故着いてきたのかはエイアグにはわからなかったが、

ロドの才能が役に立っているのは確かである。

 
「はぁはぁ、み、見えましたぞ。もう少しで着きますぞ。サラセンに。」

 

 

 

 

エイアグは今、アスク帝国に雇われている。

 

彼の所属する部隊はガイエル元帥旗下の第七騎士団で、通称ひよこ部隊とよばれている。

騎士団をまとめるリコが、
若く美しい金髪の持ち主でなおかつ童顔であることから付けられた通称である。

 
リコ自身はおっとりした優しい性格の青年なので、この通称を一人喜んでいた。

第七騎士団の兵員にとっては堪ったものではなかったが、

皆リコの才覚を目のあたりにしてきた者達だったので、表立って抗議する者はいなかった。
 

エイアグをガイエル元帥に売り込んだのは、もちろんロドである。

他の二元帥と違い、ガイエルは根っからの戦士で元帥になった今も前線で剣を振るっている。
 

部下にとっては冷や汗ものだが、豪快なガイエルは気にもとめづ度々、敵陣へ突っ込んでいくのだった。

そんなガイエルだからこそ、エイアグを二つ返事で雇ったのである。
 

エイアグは度々、ガイエルのテントに呼ばれることがあった。

傭兵が元帥のテントに呼ばれるなど前代未聞である。
 

が、ガイエルはまったく気にする様子もなかった。

もちろんエイアグもだが。

 
「まぁ座れ、エイアグ。」

 
ガイエルはがっしりとした男で、いわゆる筋骨隆々である。

逆立った青い短髪、太い眉に大きな目。鼻も口も耳もすべてがでかかった。
 

小柄なカプリコとのツーショットは、冗談以外の何物でもないように思われた。
 

「飲むか?」手に持った酒瓶を勧める。

 
「いや…酒は飲めぬ…」
 

「おいおい、酒飲めないでどうやって戦うってんだ?

聞いた話じゃ、ノカン村を一人で全滅させたそーじゃねぇか。

多対一なら絶対必要だろ。それともなにか?いい聖女でもいてんのか?お〜?」

 
「技を使わずとも、倒せる相手もいよう…」
 

「確かにな、ノカンごときじゃお前の稽古相手にもならんか。

わははははっ!」

 
ガイエルはいつもこんな調子だった。エイアグを呼んではくだらん話で酒を飲む。
 

だが、いやではなかった。むしろ楽しかった。

 
エイアグは常に一人で生きてきた。今までは。

 
ガイエルにリコ、そしてロド。
 

不思議な感覚だった。生まれて初めて味わう感覚。
 

それがなんなのかは、エイアグにはまだわからなかった…