第一話〜セトの決断〜



「ヘヴン。ヘブン!」

「…?」

死んだような眼を声の聞こえた方向へゆっくりと向けたとき、そこには何者もいなかった。

その時、突然その虚無なはずの空間に亀裂が入り、黄金の光が中から漏れ出すように光り輝く。

次の瞬間には、彼女はそこにいた。

腰まで届きそうな黄金の髪をなびかせ、白い法衣、そして背中には白鳥のように大きく純白な一対の翼。

運命を司るといわれる女神、セト。

この世のものでない美貌と、神々しいオーラをはなちながら、そこに降り立った。

「…セト…。なんのようだ?」

レヴンはミレィに視線を戻しながらきいた。

「…何のことかは貴方が一番よくしっているはずです。彼らを野放しにしておくつもりですか?」

まるで叱り付けるような強い口調。

「彼ら…か。しらん。ミレィのことだけで手一杯なんだよ。」

「なんてことを言うのです!貴方に課せられた使命なのですよ?時間はありません!」

「うるさいっ!」

彼も口調を荒げた。

「俺の使命だと? 何で俺なんだ? 何故俺に押し付ける。」

「それは貴方が・・・」

「クリエイトマジックなど闇にうばわれ、もう俺には常人並みの魔力もねえし、力もねえ…
どうたたかえっていうんだよ?」

・・・

そう、今まで彼は自らに溢れていた魔力を、無意識に肉体の強化にも使っていた。

ゆえに常人には発揮できぬ速さ、腕力、瞬発力を持っていたのだ。

その魔力の消滅は、魔法が使えないというだけでなく、肉体の機能をも奪われたということになる。

「それは貴方が甘えているだけです。ただ全てに背を向けているからそんなことが言えるのよ。」

ドンッ!!   パシッ!!

椅子が木製の床の上に転がると同時に、セトは片手でレヴンの拳を受け止めていた。

「うぜえ…!お前に俺の何がわかる? 俺の心のなにがわかるっていうんだ!?」

セトの金色の瞳を見つめるその茶色い瞳は怒りで満ちていた。

パシン!!

今度はセトがもう片方の手でレヴンの頬をひっぱたたいた。 床へ転がるレヴンの体。

「わかりません、私には貴方の心がまったくわからない。
こんなところでウジウジしているくらいなら、何かを成すべきです。
彼女もそんな貴方を望んではいないでしょう。」

赤くはれた頬をさすりながら、レヴンは床から起き上がった。

「言ってくれやがる。元はといえば誰のせいだと思ってるんだよ?
俺の記憶を消したのは誰だと思ってんだよ? おかげで守ることすらできなかった…
俺は手前らの道具じゃねえんだよ。 もう消えてくれ!」

「・・・」

その場に流れる長い沈黙…。

「わかりました。もはや貴方には何を言っても無駄でしょう。お別れです。」

ス〜ッ 

彼女の足元に黄金の光で描かれた揺らめく魔方陣がわきあがり、吸い込まれるように消えていった。

さて…弱りましたわね。

もう、あの調子じゃレヴン・クレイツァーは動きそうもないでしょう。

それでもあの破壊の力に対抗できるのは対極の力、創造の力のみ。

彼の其れを受け継いだ闇というものも、どうも使い方を間違った…邪悪な力と化してしまっている…。

!!

彼がまだいるわね。

もはや肉体はなくとも、魂はまだあそこに…。