第二十一話〜覚悟…〜



 ウォオオオオ〜〜ン!!


薄暗く空気もこもった地下室で獣の咆哮が響き渡る。

もしかしたらそれは殺戮への喜びなのかもしれない。

もっと、それほどの知能がその人、いや獣人にのこっていればの話だが。

「シリウス!! シリウス!!」

私は、体を引きずりながら彼の元へと駆け寄った。

巨大な鉄球をモロに上半身で受け止めた彼の服はビリビリに裂け、
裂傷した皮膚から血がとめどなく流れ、紅い血たまりをつくっていた。

「うっ…」

まだ、かろうじて息はあるようだ。

飛び込んだときに、自ら魔法障壁をはって衝撃を軽減したようだ。

それでも瀕死の重症ということにはかわりないが。

「無事でしたかティアさん…よかったぁ〜」
息も切れ切れに言葉をつむぐシリウス。

「ばかっ、貴方だけなら逃げられたのに…」

「そんなこと…できるわけないじゃないですか…それより早くあいつを仕留めないと…」

ヨロヨロと、シリウスは立ち上がった。

全身のいたるところの傷から、血が床へとつたっていく。

「もう、休んでてよ…私が何とかするから。」

私は、彼の前に立ちふさがり、番人と向き合った。

距離にして20メートル足らず。

その目は黄色く濁り、相変わらずの殺意をふくんでいる。

 私たち、こんな所じゃ死ぬ事なんてできない。 なんとしても倒す…

「ウガァアアア!!」

雄たけびを上げると共に、巨大な腕が大きく振られる。

ゆっくりと、殺意を向けながら私たちに歩み寄ってくる。

私は右手に握り締めていたスワードロングソードをはなし、
とっさに背中に括りつけた剣の柄をにぎりしめた。

 “セルティアル” 力を貸して!

 ピカァアアア!!

強烈な光がその長い両刃の刀身を覆う。

持ち主の魔力を吸い取って、それを力に変える魔剣。

光をまとったそれを、私は大きく振りぬいた。

目に映るは一面に広がったまばゆい光。

強大な魔力が暴れ狂い全てを吹き飛ばす衝撃波の帯・・・

と、なるはずだった、が・・・

 え… 力がぬけていく…

体中から力が抜け落ち、私はそのまま剣を床に落とし、膝をついてしまった。

 ガッ、ガガガ… 

まだ薄い光を帯びた剣が冷たい床の上をすべるった。

 ボゴッ!!…  ズササササ〜

「っ…!」

巨大な拳が私の胴にめり込む。

そのままシリウスをも巻き込んで吹き飛び壁にたたきつけられた。

上から砂ぼこりが降り止むことなく二人に積もる

またしても距離をとる結果となったが・・・

「ガルルルルル!!」

どうやら、私の鎧を殴ったときに爪がかけたらしい、苦痛とも怒りとも取れる表情。

 うっ…、最後の賭けにも見放されたわね…剣を制御するほどの魔力には今の私じゃ足りなかった。

状況はさらに悪化していた。もはやセルティアルに魔力を根こそぎ吸い取られて、たってさえいられない。

「ティアさん!? 」
土埃の中、声を詰まらせながらも、必死に叫ぶ声が聞こえる。

「…まだ生きているわよ」

分厚い戦士の鎧が大きく抉り取られ、インナーまで破っているようだ。

鎧の隙間から、彼女の白い肌が覗いていた。

徐々に近くなる鼻息の音。

もう、逃れられない運命の時間は刻々と迫っていた。

 もう、打つ手がない、、、ここまでのようね。

「シリウス、私をおいて逃げなさい! 私が時間を稼ぐから…」

「無理言わないでください、僕がティアさんを守りますから…」

 …頑固なんだから。 貴方だって動けないくせに。

「ありがとう…、貴方の心だけもらっておくわ、ずっと… 貴方は、

 貴方だけは私の分も生きて…今、私の一番大切な人だって気がついたから。 」

そういって、彼女はシリウスに微笑みかけた。

それは彼にとって、今までみたもののなかで一番美しく、はかない表情だった。

「そんなこといわせ…」

 ドンッ 

私は彼の方に強く手を押し当て、口の中ですばやく魔法を暗唱した。

“テレポーション”

突然、シリウスの姿が急激にぼやけたかと思うと、
それは光となり、遥か彼方へと飛翔していく…。

魔力で空間を転移させる、ゲートに近い魔法。

ただし、それは不安定ゆえ、どこへとぶかは予想できない。

けど・・・

「テレポーション…どこへとぶか、私には制御できないけど…ここにいるよりはずっとまし」

私はつぶやきながら、両手で床を押し、立ち上がった。

そしてもはや目の前まで来てしまったそいつと対峙する。

獣人…ライカンスロープと、いや、みずからの死と。

死神の鎌のように鋭い五つの爪が振り上げられる。

私も、もはや剣を握ることすらできない腕を気力で持ち上げ、構えを取る。

 正拳…最後のあがきね。

  ごめんなさい…ママ、みんな…先に逝っちゃうけど、許してね。

   貴方もそこでまってるんでしょ? パパ。

    最後まで抵抗して、そしてそっちにいくから…

     そうしなきゃ貴方は認めてくれないでしょう?

      最後まで、がんばるから、そこから見ていてよ、ねぇ? パパ。

「あああっ!!」
私は渾身の力、いや、残った全ての魂をつめて、拳をそれに突き出した。

五つの死神の鎌をそなえたうでとそれが交差する・・・

 ドゴ… グチャグチャグチャ・・・

身を裂き、鈍い音が聞こえたような気がした。

けど、もう何の感覚もない、ただ私の目に見えるのはまぶしい金色の光のみ・・・