第十五話〜苦境〜



 トントントントン!!

深き闇に包まれたサラセンダンジョン。

その地の底ふかくに、複数の足音がこだまする。

「あ〜うっとおしい! まだついてくるよあいつら」
海のように澄んだ青みのショートヘアーが、湿った洞窟の風に揺れる。

後ろを振り返りながら、彼女、リルムは叫んだ。

 ゾゾゾゾゾォ…

洞窟の闇に、無数の、いや、後ろの闇を覆いつくさんばかりの紫色の眼光。

無数の魔物が闇を這って来る。

「はぁ、ハァ・・・」
銀髪の魔術師、シリウスは肩で大きな息をしている。

魔術師だけにあまり体力もないらしい。

「おいおい、大丈夫か〜? シリウス」
となりで、背中を押しながらクロスがはしっている。

聖職者の割には並外れた筋力を持つ彼は、まだまだ余裕のようだ。

「…どうする? 全部やる?」
私は、走りながら剣を鞘から引き抜いた。

一瞬赤い髪が手にまとわりつく。

「…無駄な体力は使いたくない。 走れ」
覆面の男、低い声が響いた。

「あーっ!! 前からも来るよ、ティア! ヘブン!」
リルムの声に、私は急いで剣を構えた。

黒い布を巻きつけた手のみで這い回るモンスターが、
その鋭いつめを光らせながら、私たちに飛び掛ってくる!

 ザキィィン シュウウ… ギンッ、ギンッ!!

私の剣が、爪ごとそれを両断し、
ヘブンの目にも留まらぬ剣が、それを微塵にきりおとす。

切り落とされ、煙とともに消える手。 黒井の布のみ、床に溜まっていく。

「ち…、やばいぞこりゃ。 後ろからぎょうさん追いついて来たで〜」
癒しの魔法をかけながら、クロスが叫んでいた。

・・・紫色の光、あまたの目が徐々に近づいてくる。
このままでは、多勢に無勢、いくらなんでも危ない・・・

「…俺が足止めをする。 お前たちは先に行け。」
急に、ヘブンがそこに立ち止まり、後ろを向いて剣を構えた。

「!? いくらあなたでもむちゃよ・・・」

「そ〜だよ、みんなで一気にやっちゃいましょうよ〜」

私たちも、武器を構えて後ろの大群をまったが…。

 ゴォォォォォ!!

急に吹いた突風により、奥へと飛ばされてしまった。
否、風を起こしたのはヘブン。 押し出されたというのが正しい。

「なっ…、なにすんねん!」
起き上がりながら、もはや遠くなってしまった彼の背に、クロスは叫ぶ。

「俺もすぐあとを追う、 いってくれ、ミレィも待っているはずだ!」

「そうね…、彼なら大丈夫よ、いきましょう!」

私たちは、更なる闇へと入り込んでいった。
背中をたった一人、ヘブンにまかせて。




 ギャギャギャ…グルルルルル…

モンスターどものうめき声が、目の前で聞こえる。
彼の前で、停止しながらこちらを威嚇している。

「…まだ、一応本能は残っているようだな…」

彼は、ファインフュージョナを構え、強烈な殺気をはなっている。
本能的に、もはや殺戮兵器と化した、操られているモンスターも動きを止める。

「しかし、時間もない。 一気に決めるぞ。」
…はたして、この剣でうまくいくかは…賭けだが…

 スゥゥゥゥゥゥ〜

ファインフュージョナに、強烈な魔力の本流がながれこんでいく。
それは渦を巻き、細い刀身を輝かせる。

「…俺が使える最大威力の大魔法…燃え尽きろ!“イフリート・ロアー”」

ファインフュージョナを、奥の通路に向けて思いっきり投げ飛ばした。

その剣は放物線を描いて地面に突き刺ささり…

次の瞬間、爆音とともに洞窟内が紅一色に染まる。

ドゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

大地をも揺るがす爆発が連続してスプラッシュしていく。
それは、サラセンダンジョン自体をも揺るわせていたのかもしれない。

まるで、炎の魔人、イフリートの咆哮が大気を振るわせ響き渡るように・・・

 バキィィィィン!!

金属音が高く響いた。

焼け野原となり、何とか原形をとどめていた坑道の中、
地面に突き刺さった剣が、いきなりばらばらに砕け散った。

「ち…やはりこの剣ではむちゃだったか…。 セルティアルじゃなきゃ無理だな…」

「それは仕方のないことです、あの剣は彼女が持つ運命にあるのですから・・・」
隣に、運命をつかさどる女神、セトがあらわれた。

「…俺の剣を、彼女がね…、 まぁいい、追わなければ。」
彼は、闇の奥にはしりはじめた。

背後に、もはや一瞬のうちに灰燼と化した魔物のなきがらを残して・・・



 コテン!!

「あいたっ…」

闇の奥を進んでいたティア達だが…

足元にある石に気づかず…シリウスがこけてひざをついた。

「こら〜、あしもとに注意していかんとあかんやろ。 はよいくで〜」
クロスは、その場で駆け足するような動作をしている。

「っ…、すみません、すぐに行きましょう…」

 ドンッ!

「わっ!?」

「いたっ!」

腰を上げ、歩き出そうとした瞬間、彼はまたも何者かにぶつかった。

「あ!、ティアさん…すみません」
ペコペコ頭を下げる彼。

目の前にいたのは、どうやらティアだったらしい。

「もう…、ドンくさいわね〜」
ほこりを払いながら、ティアは彼に語りかける。

「す、すみません…」
小さくなる彼。

「それより、膝、みして。」

「え…、あ、はい。」
シリウスは、その場に座り込んで、ローブのすそを持ち上げた。

擦り切れて、血がにじんでいる。

「ちょっとしみるけど…、クロスの魔法も無駄使いさせるわけにはいかないから我慢してね」
彼女は鞄から赤い液体の入ったビンを取り出し、口をあけた。

そして、すこし、彼の傷にたらした。

「いたたたっ!」
彼の顔に苦痛の表情がうかぶ。

「情けないわね、男ならそれくらい我慢しなさいよ」
少し、その痛がりようを見て、笑いながらティアがいった。

「これ、すごく痛いですよ。 傷口になにふっかけんすか!?」
彼は、その痛みを発する傷口にめをやると・・・

「あ! 直ってる!」
驚いたことに、一瞬で傷は消えていた。

「当然よ、私のママがつくった強力なくすりだから」
すこし、寂しい笑いをしながら、彼女は立ち上がった。

しばらく、ティアにみとれていたシリウスだが、元気よく立ち上がった。

「いきましょう、ミレィさんを救う手がかり、この奥にきっとありますよ
だから、希望もっていきましょうよ、ティアさん!」
彼女を見ながら、そう力強く叫んだ。

…私を元気付けてくれてるのかしら。

「えぇ…、ありがとう、シリウス」

「あぁ、そうだな、いこう。」

みんなが、また歩き始めた瞬間だった。

 ドゴォォォォォォォ!!

洞窟に激しい揺れが伝わる。

「きゃあ!?」

「おい、何かにつかまれ!」
坑道の天井から、岩の破片やほこりが大量に降ってくる。

まだ揺れは止まらない。

「あわあわ…」
シリウスも、揺れる地面に目を落としながら、頭を手で覆っていた。

しかし、次の瞬間、とんでもないものを見る。

ティアの足元の床に、大きな亀裂がはしっていた、彼女はまだ気がついていない。

「あぶない!!」

「え…?」
彼女に、走りよって、腕をつかんだ瞬間だった。

 バキバキバキバキ!!

突如、ティアとシリウスの足元が裂け、深い大穴が開いた。

「きゃああああ!!」
二人は、その大穴の中に落ちていった。

「ティア〜!! シリウス!!」
悲痛な叫び声が響いた。

「あぶねぇ、落盤する!!」
クロスが、穴の上で泣き叫ぶリルムを腕で抱いてとびのいたとき、

その穴は、上から降ってきた巨大な岩盤にふさがれてしまった…。