第十三話〜旅立ち〜



 チュンチュン

耳元で、小鳥の囀る音が聞こえる…。

 ガバッ

私は布団から身を起こした。

ここは…?

この内装、この雰囲気、あの壁の落書き…よく来たことある…リルムの家。

「あ、ティア〜!!」

リルムが、私に飛びついてきた。

何で眼が赤くなってるのよ、私がこれくらいで死ぬわけないでしょ…

「何で、私はここに…? あ、それより一緒にいたママはもうおきた?」
顔が暗くなるリルム。

この怯えたような、恐怖を感じたような表情…。

「それが…ミレィさん…」

かすれた声ではなすリルム。

まさか…!

「ママがどうしたの!? リルム!」
私は気がついたらリルムの肩を激しくゆすっていた。

「お、おちついて! ミレィさんは生きてるよ。」
咳き込みながら、私の肩を強く押して制した。

「え…、じゃあどうしたの…?」

「ただ…、眼を覚まさないの…」
リルムの眼から、涙が零れ落ちた。
          

 ドタドタ!!

私は隣の部屋に、リルムと駆け込んだ。

そこには、スルトさん、ミラさん、
そして昨日の謎の男、ヘブンまでなぜかそこにいた…。

目の前のベッドに…ママが眠るように横たわっていた。

私はすぐさま横にとんで行った。

息もしている…体も温かい… それでも、起きない。

「スルトおじさん、ママは…!」

「ティアちゃん…」
スルトさんも、とても深刻な顔をしている。

「…彼女は、生きている。 しかし…時が止まっている。」
覆面のその男が、ママをみながらそういった。

「あ、この人は、昨日貴方達をここに運んでくれた人よ。
ミルレス全体にかかっていた昏睡の魔法をといたのも彼」
ミラさんが、付け加えるように説明してくれた。

なんで、この人がここにいるのかは知らないけど、
時が止まってるってどういうことよ!?

「どういうことなの!? 説明して!」
私はヒステリックに叫んでいた。

「…何故かはわからないが。
彼女だけ、まだ時が動き出さない…、このままだと、このまま眠り続けるのみだ…」
彼は、手を顎のところへもっていきながら、必死に考えているようだ。

「え…、そんな… うっ」

私は、あまりのショックに泣き崩れてしまった。

リルムが、私に抱きついて泣いている。

リルムのあたたかさを感じながらも私は自分の不遇を呪った。

 うそ…、何でママだけ…

 何で私だけ家族を失っていくの…?

 独りにしないで…

涙は、とめどなく溢れてきた。

「ヘブンさん…なんとかならないのですか?」
泣き出しそうな表情で、ミラさんが藁にもすがる思いで、その男に尋ねている。

「…ないわけでは、ない。
昨日、ミルレスの町を襲ったその、フードを被った男、
そいつ達を捕まえて手がかりをえれば…」

「そんな! そんな謎の集団をどう探すという?」
スルトさんもその会話に加わった。

うっ…、私はどうしたらいいの…パパ…。 教えてよ…

ママが危ないのよ…? こんなときくらいでてきてよ…ねぇ…

「泣いてるだけじゃ、なにもかわらない!」

ちょっと強い語気の、ヘブンの声が私に向けられた。

「今…、出来る事をやるだけだ。」
語調を元の静かな感じにもどし、背を向けながら彼は言った。

  そうよ…、あの男、つかまえてやるわ…!

私は、涙を拭いて立ち上がった。

「…スルトおじさん、ミラおばさん、
私、そいつらを探しにいくわ。絶対、ママを治してあげるんだから」

「ティアちゃん…強くなったね。」
スルトが複雑な顔をしながら、彼女を見つめた。

「そうなのかな…?たとえ私が歯が立たないと知っていても、いくしかないじゃない。」

「ヘブン。 貴方ももしよかったらきて…」

「!?」スルトさんとミラさんは非常に驚いた顔をしている。

「…あぁ、俺も行こう」

「うちもいくよ、もちろん!」
リルムも立ち上がった。

 ドン!!

扉の前で、盗み聞きしていた二人が入ってくる。

「もちろん、俺もいかしてもらうで〜、ティア!」
「ぼ、僕も行きます! 役に立たないかもだけど…力になりたいんです!」

クロスと、シリウス…。

これから、何が待ち受けるのか、私にはわからないけど…。
一生懸命がんばるよ、ママ。 この仲間達といっしょに…


「じゃあ…、いってくるわ、ママ」

私は、今は眠り続けるだけのママに別れの挨拶をして、急いでリルムの家をでた。

もう、振り返るのがこわかったからかもしれない。

ただ横たわるだけのママなんて、見たくなかったのかもしれない。

いつも、優しくて、明るくて、それでいて、いつも寂しさを隠し持っていたママ。

…私達が、眠りから覚まさしてあげるから…まってて!

 ガチャッ。

リルムの家の外には、旅支度をおえた、シリウス、リルム、クロスが待っていた。

「ティア…、がんばろうね」
まだ暗い表情の、リルムが私の手をとった。

「わかってるわ、なんとしても…ママを助けないと。」

「そうだ、たとえ少ない手がかりでも、その男達を探さないとな」
真面目な表情のクロス。

「そうですよ、きっとよくなりますよ、ミレィさん。」
心配そうな顔をして、それでも励ましてくれるシリウス。

ありがとう…みんな!

「あれ?ところであのヘブンさんは?」



          

その男は、一人、ミレィが眠り続ける部屋にいた。

 ズキッ、ズキッ

頭のおくから刺すような痛みが沸き起こる。

 何故だ…この人をみていると痛みがとまらねぇ…

  よほど俺に何かあるのか…?

彼は、目から下を覆う覆面をはずした。
それでも、彼女から返事が来るわけではない。

「いけません、それをはずしては」
となりに、黄金のオーラと翼をまとった美女が不意に現れた。

「…セト、俺はいったいなんなんだ…?この人たちとどんなかんけいがある?!」
彼は、セトに叫んでいた。

「…いずれ、わかりましょう。まずは黒い男からです。」

「…そうだな…。こいつも話せるようにならなきゃ意味がない。」
ヘブンは、覆面をまきなおしながら出口へ向かった。


しばらく顔を見つめていたが、マントを翻し部屋の外へとでた。

「ヘブンさん!」
振り返ると、そこには騎士団長、スルトがいた。

「娘と…、ティアちゃん、あの子達の事、よろしくたのみます」
そういって、深く頭を下げた。

騎士団長ゆえ、自分はついていけない悔しさと不甲斐なさを胸にしながら。

「…あぁ、任してもらおう。」
ヘブンはそう呟いて、ドアノブに手をかけた。

何故かはわからないが…その男の言葉には、信頼できるものを感じる。

この男なら、なにがあっても娘達を守ってくれるだろうと。

それにしても、この男…雰囲気、そして声まで…。

「あ、あの、貴方もしや…」
そこまで、声はでかかったが、スルトは考え直した。

「いや、すみません、昔の僕の友人にすごく似ているものですから。
生きてるとしたら、もう僕と同じ歳・・・
貴方のような若い人に似ているというなんてひどいことかもしれませんね」
スルトは苦笑していた。

「…」
ヘブンは、無言で外へ出て行った。

「あ! 今出来たよ、よろしくお願いします、ヘブンさん」
リルムが、ぺこっと頭を下げている。

「…ヘブンでいい。ティア、これを受け取れ。」

 シュッ!!

布で覆われた、大きく、重いものが私に渡された。

「これ…、大剣“セルティアル”?」
なんだ、ヘブンが私の家から、こっちに移しておいてくれたのか…。

って、どうやって運んだのよ!? 私じゃなきゃ触れもしないはずなのに。

私はそれを布に包んだまま、
スルトさんにもらったスワードロングソードとともに、肩にかけた。

「…この旅の目標はただ一つ、手がかりとなるフードの男をつかまえること。
 まずは、何処を探すか…」

「う〜ん…」
全員が、考え込んでいた。

そのとき、

「あ!! 思い出したぜ!」
クロスが叫んだ。

「ちょっと前の話だが、自警団の方にルアスから、緊急要請がはいったんだよ。
 なんでも、妖しい黒い人影が、よく、サラセンダンジョンにでいりしているって!
 あんときは、ただの浮浪者か盗賊が出入りしてるだけと思っていただけだが…」

妖しい黒い人影!?

あのものたちの服装と同じじゃない!

「クロス、ナイス! まずはサラセンヘ!」


 「セト、お前がしらべればすぐだろ?」

心の中で、ヘブンは話しかけた。 運命の女神に…

 「…どうやら、魔法のシールドのなかにでもいるようね、感知できないわ」

 「そうか…、ならばサラセンへいくしかないか」


ヘブンもうなずいていた。

「…よ〜し、じゃあサラセンへいこう!」

たった一つの、不確かなうわさを頼りに、私たちはサラセンの洞窟へいくことになった。

はたして、何が待ち受けているのだろうか…?